最期のことば | ひのきょうのブログ

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このブログは、滋賀県内の真宗寺院を預かる愚僧のブログです。

このブログで、世の中の道理と無理を顕かにしていきたいと思います。

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        なむあみだぶつ ・・・ 合掌


ある念仏者を紹介しよう。


我々スタッフは救命センターで火災に遭われた患者さんを待ち受けていた。

重篤を覚悟して救急車の後部ドアを開けた。

すると、見た目、まったく無傷の患者さんが仰向けに寝ているではないか。

しかも、合掌姿で『なまんだぶつ』のお念仏を絶えることなく称えておられた。

診察台に移し替え、名前、住所、年齢を伺ったところ、しっかりとした口調で応えられ、その後は、また、『なまんだぶつ』に変わった。

口で称えているが、体全体から念仏が聞こえてきた。

火傷はなく、頭髪と鼻毛が焦げて縮んでいた。

救命医は、すぐさま動脈血を採取し、血液ガス分析を行った。

さすが、救命医は観察が鋭い。

患者さんは火災の煙を大量に吸っていたのだ。

肺の中は煙によるカーボンで覆い尽くされ、体内に酸素を取り込む機能が失われていたのである。

そして、刻一刻と意識状態が悪化していった。

サーボベンチレーター(最新鋭の人工呼吸装置)が装着されたが、家族が駆けつけた時にはすでに心肺停止の状況に至っていた。

残念ながら、救命し得なかったのだ。


帰り際、長男さんから、『おやじ、何か言ってましたか?』と尋ねられた。

『最後まで、合掌姿でお念仏を称えておられました。』とありのままを伝えた。

人間の最期が近づくと、『死にたくない!』とか『家族を呼んでくれ!』とか、いろいろと出てくる。

『なまんだぶつ』のお姿に遭遇したのは初めてだった。


平素、私達は意識のもとにお念仏を称えている。

無意識のお念仏から、この方の平素の生活を想像させていただいた。

この方は、独り暮らしだったそうだが、独りぼっちではなかったのだ。

揺るぎないお念仏を堂々と称えつつ阿弥陀さまに抱かれ、お浄土に往かれたのであった。


 南無 サンライズ