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しのごのいっとこ!

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お久しぶりになってしまいました、すっかり秋です。
私は食欲が倍増しています!



そんな訳で、旬について考えたりしてます。

旬とは食べ物であれば「もっとも美味しい時期」というように、その生命のおそらく一番エネルギー満ち満ちた時期。
栄養価も通常に比べ高くなるので、旬のものの摂取は推奨されています。

でも旬がいつか、今は「知ってないとわからない」んですよね。

産業技術向上や流通経路の整備などで、旬でないものも年中手に取れるようになりました。
昔は「出回っているものが旬」ということだったので、わかりやすかったと思います。
秋なので、「便利」は、何か新しい努力項目を求めるということか・・・などと哲学にも足を踏み入れそうです。
私は30歳近くまで殆ど東北の田舎暮らしだったので、旬が好まれる土地柄季節になると自然に食べたくなるものが結構刷り込まれています。
都会には出回らないものも多くムズムズしてしまうことが多いんですよ!
食べたい!!

さて、それはおいておいて、旬のものの状態を考えると「発芽する時」「繁殖準備中」「実を結ぶ時」そのあたりですね。
突然ですが魚屋をやっていた経験から、丁度今の旬である「鮭」でいうと身がおいしいのは川に上がる前のオスの方です。
メスは卵を作らないといけないので、どうしても比べると旨みは足りません。
川に上がると両性とも「繁殖」に入るので、同じようなものになります。
(皮の模様がカラフルにかわるので、切り身でもチェックできますよ)
その分、卵であるイクラがおいしくなるわけです。

本当に旬って「栄養価」が基準。

そこからでた言葉だから当然かも。
人間の旬、は繁殖を考えたときに気にする必要はあるかもしれないけれど、表現としては人生の山場の一つの名称でしかないように思いますね。
旬でなくても充実した時間の表現はたくさん!!


でも食べ物は旬大事にしていきます♪
産休中にこもりきりになりがちだったので、気持ちをあげるためにもジェルネイルデビューしました。
簡単に落ちないし、爪の厚さもでて赤ちゃんを傷つけにくいというメリットがジェルネイルにはあります。

そんな今、爪は人生最大に長くなっております。


とはいえ、おそらく「女子」には普通の長さ。
それでもタイピングでカチカチ打ちにくいし、着替えでもボタンが急いでとめられないし、何かをあけようとしても力が入れにくいです。
おしゃれ、というのは効率的でないことなんだなぁ、と単純に確認しました。
よしあしはあまり気にしません。

特に噛み癖があったから長い爪になれていないのです。

徳川家康にもあったといわれる「爪の噛み癖」。
気がついたころにはしていて、小さい頃はよく叱られました。
「綺麗な形の爪だったのに」といわれていましたが、今では少し幅広になっています。
もう、噛んでいないので少しよくなってきているかも?
実家と生計を別にしたところ、しなくなっていました。
何かしら心を埋める動作であったのかもしれません。

爪といえば、「白い点がでるとラッキー」など手相につながりますね。
相術は命・卜術よりさらに、文化・社会的環境の変化に左右されて変遷を重ねていきそうだなぁと感じます。
ただ、使う言葉や形が違っても意外にそれらは普遍であったりするのが面白いですね。


さて、いつ爪きろうかな?
毎日毎日食べています。
食べる、という行為はとても不思議。
科学的に説明されようが、まったくもって不思議な行為です。

そんな食べるは、殺すわけです。


死んでから収穫・捕獲するものってあるでしょうか。
ないとは言い切れないけれど、ほぼ大体生きているものを収穫・捕獲しますよね。
菜食主義などでも植物だって生きているので、サラダなどは踊り食いのようなものでしょうか。
ちょっとグロテスクかもしれませんが、時々人間に置き換えて想像します。
踊り食い、圧縮して作るえび・たこせんべい、とか。
生産されるものであれば、生産効率のために屠畜されていくとか・・・うん。
ありがたくいただかねばという気持ちになります。

そのために殺すのだから、全ていただきましょう。

なかなか難しいこともあるけれど、心の持ち方で食事の満足感はまして、贖罪につぶされずに生きられるのではないかと思います。
命を頂いて生きる。
生死を知覚できる生物であるからこそ、できることかもしれません。
自然界でだって、遊ぶためとか食い散らかすなんてありますから。

租借して、命から命につなげていく儀式。
今日も明日もいただきます。