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しのごのいっとこ!

人生・占い・資格・趣味 なんにでも関心もっていっとこ

クリスマスイブですね。
私も近所の東十条銀座商店街にある「関口商店」という鶏専門店の鶏丸焼きを買って帰ろうかなとおもっております。

おまつり、は好きです。


昨日は天皇誕生日の一般参賀に宣言通りいきました。
結局三回目の時間になってしまったのですが、それでも昨年よりも人出が多く感じました。
今年は「国」というものに少しいつもより注目があったからかもしれません。
本当は毎日あるものなんですけれど、怠け者は目を向けたくないことです。

面倒くさがりは、面倒なことにならないように実は普段から立ち回っているのです。

面倒なことになったら・・・面倒ですよね。
人は同じ国の人でも地域が違えば、性別が違えば、経済状況が違えば、違えば違えば、全員違います。
「平和」の概念ももちろん。
概念、ですからもう違います。
そういう意味で、真っ白な世界はきっとありません。
真っ白が真っ白だとわかる世界に生きている私たちなので、コントロールを身に着けていくのが一番自然で理想に近づけるものと考えています。

違う人同士が補い合いながらも消費して削ぎ落としながら、回り続ける世界を夢みる。


さて、昨日の一般参賀ですが・・・名刺を忘れました。
もともと旧姓であったり、まだしっかり立てていない占い師名の名刺であるので、来年は持っていけるよう励みたいと思います。
旗も用意が多かったようで、三回目でしたが振ることができました。
府中からのボーイスカウトさんたちが、配布・回収されておりましたよ。
おでまし、お言葉の最中は感涙。
記者会見とは違ったお言葉でしたので、それにまた諸々思い出されてそれもありました。
ご健勝をお祈り申し上げます。



そして、夜にまたフィギュアで落涙。
基本的に涙もろいのです。
今日は「1221」ですね!
とくにこれというわけではありませんが、回文のようで心躍ります。


今日、東京は数日の雨も上がり晴れています。
雨も好きな私ですが「よかったなぁ」と思います。

なぜならもうすぐ12月23日の天皇誕生日だからです!!

昨年、子供を抱っこしながら皇居へ一般参賀にいきました。
今年も連れ立って行く予定。
二重橋手前は砂利の通りになっていて、車いすの方に配慮した道もあるのですが幅広くはなくベビーカーは少し難しいのです。
そして体重が増えた子供はもう抱っこで何時間は厳しい。

そんなわけで、歩いてもらえるお天気はとてもありがたい。

昨年は時間帯を混雑を避けて三回目にしたのですが、今年は旗をもらって振りたいので二回目までにいければいいなぁと思います。
ちなみに一般参賀の予定時間

第1回 午前10時20分頃
第2回 午前11時頃
第3回 午前11時40分頃 (宮内庁HPより)

そして、一般参賀のあとは記帳!と行きたいのですが実はお昼頃からでタイムラグがあります。
それまで待っているのは厳しい寒空・・・でもなんと、そんな方には名刺を渡してこれるのです!!
それも昨年知りました。
もっていかなかったことが悔やまれます(でも育休中)。
今年は持っていこうかと思います♪


帰りに東北の実家用にと皇室カレンダーを買ったのですが「使い終わった後処分に困るの(捨てたりメモ紙にできない)・・・」といわれました。
確かに。
あと昭和天皇カレンダーというのがありまして、御製がのっているみたいで今年はちょっと心揺れています。


天皇誕生日だということ自体にはあまり興味ない方もあるかもしれませんが、いろんな方面から「日本」と向き合うにはいい日だと思います。
年に何度もないそういう日をきっかけに、「タダで聞かされている誰かしらに有利な情報」ではなく「自分が求めて得た知識」を増やしていければいいなと思います。
昨日、家族にちょっとした事故がありました。
体調からくるもので、経過が良好のようなのでほっとしています。
そこでふと「老いること」にまた考えをめぐらせてみました。

また、というのはよく考えることだからです。

私自身は三世代同居で育ち、かつ地元の城下町で魚やをしていたこともあるので、周りの大人と触れ合いながらきました。
その魚やで働いて期間もあります。
だからか、「人がどうやって老いていくのか」を自然と知っています。
もしかしたら、三世代であったから特に敏感だったのかもしれません。
自分の親がどうやって老いていくのかどの段階にいるのか、自分もどうやって老いていくであろうか、そういうことに慣れているのです。

これはたぶん、得しているなと感じます。

さらに言えば、結構老いても楽しんでいる人たちに囲まれていたので、「老いる恐怖」には直面していません。
前向きに生きてらっしゃる先輩方に感謝です。

たとえば核家族で育ち、途中からまた親と居を別にすると日々の「老い」に触れることは職業的な環境でもなければほとんどないでしょう。
職場にいる年上の方でも、「生活面の老い」なんて見えません。
すると、自分の能力がどう老いによって「移行」するのかを知らないまま、直面した時にショックを受けることもあるでしょうし、その先の「恐怖」を抱くこともあるでしょう。
もちろんそうでない人もあるでしょう。

ただ、どちらにしても「老い=ネガティブ」ではないよ(ね)とお伝えしたいと私は思います。
小さいころに怖さを知らずに突っ走ったことも大人になると準備してスムーズにできるようになる、と思うように、老いはステージであるからそれまでのものを上手に使えて手法を変えて楽しむ段階ととらえられるといいなと思って生活しています。

また、そのようにできる「老いかた」を目指しています。

もしあまり「老い」に触れることが少ない方は、日常に出会う人生の先輩方にいつもより目を向けてみてください。
自分の目指す「老い」の材料、と言っては露骨ですがそういうものに何かしらよい影響があるかもしれません。
したいことのために食や生活習慣を見直したり、経済を整えたり、それは「今」に新しい世界をもたらしてくれることも。

素晴らしい今日が積み重なった、素晴らしい明日たち。
振り替える過去も、そんな今日がぎっしり。
個々でも、繋げても愉しい、そんな欲張りでも日々を過ごしたいですね