少子化問題が議論される時、
その要因として、決まって女性の仕事のしにくさが挙げられる。
そして決まって、女性活躍のための条件整備が語られる。
でも、ほんとにそれだけのことなのか?
実は日本では、 "母親になりたくない" と思っている女性が増えているのでは?
その要因が意外にも大きいのでは?
そう言ったら、今は即非難されたり”不適切発言”と指摘されるのだろう。
でも正直に言えば、そんな気がするんだ。
母親になりたくないと思うわけは、
まず、子どもをもつと自分が自由に遊べない。
そして「仕事」の「キャリア」が途切れる。
大いに稼げない。
教育では、いじめや不登校の問題解決がほとんど前進せず、
赤ちゃんのうちはかわいがっていればいいが、少し大きくなると、
子育ての悩みや苦労が絶えないとも思ってしまうのか?
そんな苦労は、わざわざしたくないと思ってしまうのか?
結局、若い女性が子どもや子育てをイメージする時に、
”負のイメージ” の方が、大きく膨らんでしまっているんじゃないか?
子どもは自分の人生の楽しみの足を引っ張るものとしか、映っていないのでは?
母性は、今の若い日本の女性にもちゃんとあるはずだ。
でも、母性の発露・母性的なるものがカッコ悪いと思われているのでは?
女性は男性と同じになることを、いまだに目指しているのか?
日本人には、母系社会のDNDがしっかり刻み込まれているというのに。
ひと昔前は子どもに対して、夢のようなイメージは持たなかっただろうが、
まず、次の世代(家系)が続くこと、子孫繁栄のイメージがあったろう。
親孝行の規範が広くあったから、老いた親に恩返しをしたこともあったろう。
だから、子どもが親を苦しめるケースは比較的少なかったことだろう。
今の日本人は、高収入を実現することが最優先で最高の規範なので、
子どもを持つことは金を喰うもの、
ハイソな生活を阻むものとしか見えないのかもしれない。
経済的には、全くペイしないと思われているのだ。
愛する人を受け入れて、その結果として子どもができる。
産みの苦しみは大きく大変だが、
赤ちゃんを抱く母親の表情は天女のようで、至福はいかばかりか…。
母親と子どもが共に過ごす穏やかな時間は、何物にも代えがたい。
そして、
生活の中に子どもがあり、彼らと共に暮らし、その成長を願いその実現を喜ぶ。
子どもが無事成人に達して一人前となれば、親族皆で祝福する。
そんな当たり前の喜びが選ばれなくなり、疎まれるようにさえなってきた。
つまり、
今の日本の若い女性は、いつまでも自分が子どもでありたいと思っている。
言い換えれば、いつまでもディズニーランドで遊んでいたいんだ。
幸せな子どものように、いつまでもみんなに愛されかわいがってほしいんだ。
そして彼女らの母性は、時にホストクラブでまちがった形で発露したりする。
よって韓国と共に、
未婚・非婚・少子化は治らず、日本は衰退の一途をたどることが当確となった。
こんなこと言うと、正直な思いではありますが、やっぱり嫌われるか… (>_<)