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kumikoのブログ

吉田九美子(四柱推命鑑定士・医学気功師・除霊師九氣.遠隔治療技術士)は、人のお役に立つためのブログを書かせて頂いております。人生の歩みの方向性を見失われた方、霊に悩まされておられる方等、様々なお悩みを解決し、アドバイスもさせて頂いております。

一生に一度しか使えない

究極の最強のお守り




こちらが霊峰大峯山本堂の
九重守(ここのえまもり)です
お箱の上の文字の私の名前の一文字が印象的でした

先日、行者さんになられる為に
大峯山で修行をされておられる方が、私にお土産としてお客様とご一緒にわざわざお店にお持ち下さりました
私は嬉しくてついつい


このお箱に入っております巻物を
開けようとしましたら、下さった方が、あーダメです!開けないで!
とおっしゃりました
このお守りの巻物は開けてはいけないとの事でした
詳しく調べてみましたら、本当に困った時に、一生に一度だけこの巻物を開けるとありました
その時に、助けの力が頂けるのですね
このお守りを下さった行者さんは
今は法螺貝を吹く練習もされておられるそうです
法螺貝は音階が三つあり、なかなかあの有名な音、ぷうう~ぷうう~
とは吹けないらしいです

足袋を履き、霊峰を登る
山頂から観る下界は、まさに天界から下界を覗く様な景色なのでしょうね


(調べましたら美しいお写真が見つかりました)

この方はきっと素晴らしい行者さんになられる事でしょう
なぜなら、人をお助けする為に生きておられる方ですから

大峯山は参道途中から女人禁制
もし許されるなら、山頂まで登ってみたい気持ちに駈られます

美しくそして神秘的で女人禁制の
霊峰大峰山
私はこのお守りを頂く迄はその存在を知る事はありませんでした

本当にありがとうございました




本日は、企業の社長様と秘書様とご一緒に、名古屋の新栄にあります鮨処松本さんへお食事に


社長様は、今は京都は鱧の季節なので、鱧を出してもらうからね

と、京都人の私にと鱧をご用意下さりました



本日も松本さんのお店には新鮮な魚介類が綺麗に並んでいました


始めに鱧のお寿司と新鮮なお魚のお造り
こちらは大変美味でした


そしていよいよ鱧
松本の大将は鱧の骨切りを手際良くされます
ザクザクと骨が切れる音がしていました


サッと湯通ししました鱧はポン酢で頂きます
鱧の旨味をそのまま舌で感じれる、深いお味でした


頂きました後の鱧のお出汁はポン酢を入れて頂きます
こちらも大変美味でした


次は…
えっ?松茸?
私が驚いていますうちに


松茸の土瓶蒸しをお出し下さりました



そして次は雲丹
雲丹は紫雲丹で、こちらも手際良く処理処理をされます




雲丹と松茸
紫雲丹はお口の中で溶けてしまい、松茸の土瓶蒸しも早取れの銀杏と松茸の絶妙な香りがマッチし、まさに至福の時を堪能致しました


最後に穴子を焼いて下さり、それを握りに
穴子はふわふわでこちらも本当に美味でした
そして


帰りに社長様は、奈々ちゃんにと
鱧寿司のお土産をご注文して下さりました
そのお優しさとお心遣いに本当に感謝を致しました

美味しいお料理と勉強になるお話
私には本当に素晴らしい時でした

そして私も社長様の様に、心に温かな
人に対しての思いやりの心を持てる
人間として、これからの人を歩んで行きたいと思いました

社長様、秘書様
本日は本当にありがとうございました
奈々も大変喜んでおりました

社長様のお優しさに
心より、感謝致します









先程、私の友人から電話がありました

友人は奈良県在住です

私がよく大阪に石を仕入れに行きます時は待ち合わせてランチを頂いたり、また私が友人のご自宅に泊まらせて頂いて、二人で石屋さんや温泉巡りをしたり、そして毎年春には必ず筍を送って来てくれたり、

本当に大切な私の友人です


もしもし~元気~

私は軽い気持ちで電話越しの

ご挨拶を致しました

友人は私の事を先生と呼びます


開口一番 先生、ごめんね

実は話があるの

でした

どうしたの?と問いますと

実は私は昨年、癌告知を受けたの

その時ステージ4と言われた

余命は半年から一年だって…


えっ?誰が癌?

私よりいつも元気で、私より丸々な体で、力持ちでよく笑う

そんな友人が私の前から居なくなる

一瞬訳が分からなくなりました

沢山仕入れた石を友人は自宅に展示し、お客様も石を見に来たり、またエステも上手くて私もお世話になった事もありました

そして私が泊まらせて頂きました日は、お母様やご主人様と一緒にご自宅でお食事を頂いたり、本当に大切な人で、大きなお家の跡取り娘でもあり、やっとお子様が大学を卒業され一人暮らしをされたばかりでした


私には言えなかった

友人はそう、ポツリと話していました

それはきっと私が悲しむから言えなかったのでしょうね…

そして会いたくても抗がん剤治療で免疫が落ちているから会えない


大丈夫、生きれる

生きようよ、一緒にお婆ちゃんになろうよ

一緒にお食事に行こうよ

まだ孫も抱いてないじゃない

一緒に年を取ろうよ


私はそう一気に言いながら、涙が止まりませんでした


体調の事まあり、友人とは長くは話せません

また絶対会おうね

私はそう言ってお電話を切りました


大切な人が急に居なくなる

それは絶対あり得ない

元気な姿、それだけを信じて、また次に会う約束をしたい


絶対大丈夫、人生はこれからだよ

一緒に長生きしましょうね

私は彼女の元気な姿だけを想い

これからを過ごしたい

そして1日も早い回復を願います