昨日モモちゃんと話していたらいつの間にか 母親の話になり今日は母について書こうと思いました
私の母はお姫様育ち 子育ての出来ない人でした 私はすでに幼稚園の時から 通園時 死にたい死にたい 一歩一歩歩くごとに唱えてました
幼稚園の時から お米洗い お茶碗洗い…
家政婦と同じ事をさせられ
母は着飾り高価な宝石…
私が小学生の頃は 母の死を願い
高校生の時は 悪魔の子!と罵られ 結婚後 実家の冷蔵庫を開けただけで 泥棒猫と怒鳴られ 帰る度 食費を払わないと 怒鳴る。私のお産の後 食事を作れない母は、私に カップラーメンとインスタント味噌汁ばかり与え 三日でおっぱいも止まり 七日目に 家が汚れるから もう帰って と 追い返され
これが本当に実の母親が娘にすることなんだろうかと 荷物を持ち 赤ちゃんを抱えフラフラしながら帰りました
それから一度も様子も見にきてくれず さすがに恨みました。
父が私を可愛がった事が許せなかったみたいで
あんたが憎い しか言いません
いつしか 私には母はいなかったんだと 自分に言い聞かせ
あの人は 私を生んだ人 という認識だけで接してました
結婚したらあんたは他人や! 他のお母さんはみんな自分の娘や孫を可愛がるのになぜ私だけ?
一生をかけて恨み続ける事で自分を押さえてました
私の子も おばあちゃんから 生まれてからお小遣いすらもらった事もなく 食事も作ってもらった事もないから懐くはずもありません
私は本当に一人ぼっちで子供を守って行かないといけませんでした
ところが半年ほど前 急に私を生んだ人から電話がありました
あんたに結婚のお祝いをあげてない
渡したい と
結婚してから25年もたってるしいらないと言うと
急に 今までごめんね 九美ちゃん と 私をちゃん付けで呼びました
びっくりして どうしたんですかと聞くと、 九美ちゃんに償いたい 孫にも何もしてあげてない
堪忍して欲しい
実家にも帰ってきて
私にとったら 生まれてから初めて聞いた母の言葉でした
償いたい…
その言葉で 一瞬に 恨みや憎しみが消えてしまいました
でも 私は母を知らない 母の優しさも 温もりも
今更母親と言われても 実感も ありませんでした
母も今は78才
半年前 京都から神戸に来て、私の家の中で 九美ちゃんごめんねと言って ギュッと母に抱きしめられました
心から母を許せた瞬間でもありました