【人は、最後の最後まで変わることができる】
ルドルフ・シュタイナーの思想を読んでいて、とても深いなあと感じたことがあります。
それは、
「死ぬ瞬間の意識が、
その後に大きく影響する」
という考え方です。
人は生きている間、時間の流れの中で生きています。
昨日があり、
今日があり、
明日へ向かっていく。
でも、死の瞬間、意識は少しずつ、物質的な時間から離れて別の領域へ近づいていきます。
その時に大切になるのは、
「どれだけ長く良いことをしたか」
ではなく、
その人の中に、どれだけ本当の気づきが起きているかということのようです。
たとえば、人生の最後に、
「ああ、自分は間違っていた」
と、心の奥から気づくこと。
誰かを傷つけてきたこと。
愛を受け取れなかったこと。
執着していたこと。
それを、頭ではなく、
魂の深いところで理解すること。
そういう「本物の気づき」には、大きな力があると考えられていました。
人は亡くなったあと、まず「カマロカ」と呼ばれる領域を通る、という考えがあります。
そこでは、自分が人に与えた感情を、今度は自分自身が体験すると言われています。
傷つけたなら、
その痛みを。
愛したなら、
その温かさを。
もし、
生きている間ずっと、
「自分は悪くない」
と思ったまま死んだなら、
死後、
相手の痛みを体験した時に、強い苦しみになるのかもしれません。
でも、
死ぬ前に、
「本当に申し訳なかった」
と、心から気づいていたなら。
その体験は、ただの罰ではなく、魂にとっての、深い学びや癒しへ変わっていく。
そして、その意識の変化は、次の人生にも影響すると考えられていました。
気づかないままだと、
次は、もっと強い形で学ぶ必要が出てくる。
でも、深いところで気づけたなら、次は、もっと愛を学ぶための人生へ変わっていく。
これは現代科学で証明された話ではなく、シュタイナーの霊学(人智学)の中で語られている、ひとつの宇宙観です。
でも私は、ここには、
とても大切なものがある気がしています。
人は、最後の1秒まで、
変わる可能性を持っていてどれだけ遠回りしても、どれだけ苦しい人生だったとしても、最後まで魂は、光へ向かおうとしているということなのです。
そして、この感覚は、マルセイユタロットにも、どこか通じているように感じます。
13番で、
古い自分が終わり。
審判で、
目覚めが起こり。
世界で、
統合へ向かっていく。
22枚の旅は、人の魂の変容そのものを、描いているのかもしれません。
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