人生の節目を過ぎる頃から、急に身体にいろいろ出始める人がいます。
今まで元気だったのに。
ずっと頑張れていたのに。
急に疲れる。
眠れない。
歯が悪くなる。
足腰が弱る。
気力がなくなる。
不安になる。
身体のあちこちが痛む。
病院へ行っても、年齢ですね、と言われることもあります。
身体は長い年月を使い続けています。
だから、変化が出るのは自然なことなのですが、私は、それだけではない気がしています。
人は若い頃に
頑張って
耐えて
期待に応えて
家族のために生きて
役割を果たして
そうやって、ずっと緊張したまま、走り続けていることがあります。
本当は苦しかったし
悲しいこともあるし
本当は我慢していたこともある
だけど、生きるために、感じないようにしてきたこともあります。
身体より、周りを優先してきたこともあるし、そういう人はとても多いと思います。
でも、
人生の後半に差しかかる頃から、身体は少しずつ、もう無理ですよ、と教え始めることがあります。
今まで押さえてきたもの。
飲み込んできた感情。
ずっと張っていた緊張。
それが、身体の不調という形で、表に出てくることがあるのです。
東洋医学では、年齢を重ねると、「腎」の力が弱ると言います。
ここでいう腎は、腎臓ではなくて
生命力。
回復力。
骨。
歯。
耳。
髪。
生きる土台。
そういうものとも関係していると考えられてきました。
だから昔の人は、老いを、衰えとしてではなく、生き方が身体に現れてくる時期として見ていたところがあるようなのです。
医療は大切だし、検査も必要だと思います。
でも、これまでどれだけ無理してきたのか、誰の人生を生きてきたのか。
何を我慢してきたのか。
身体は、そういうことも、
教えてくることがあるのです。
人生の節目を越えることは、終わりではなく、本当の自分へ戻っていく入口なのかもしれません。
今まで、誰かの期待を生きてきたり
ちゃんとしてきたり
責任を背負ってきた人ほど。
身体は、もう自分を置いていかないでください、と伝えてくるようなのです。
身体は、壊れるためだけに、不調を出しているのではないのかもしれません。
これからは、もっと自分を生きてください。
そう伝えるために、声を上げることもあるのだと思います。
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