プライベートなことはあまり書かないようにしていました。

しかし、少しでも皆さんが元気になればと思いここに書いてみようと思いました。



私の両親は現在父が84歳、母が72歳です。

宮城県仙台市泉区実沢というところで、広島風お好み焼きのお店を経営しています。

もちろん両親が現役で働いています。



父も母も、今回の被災でガソリンがないということ、水とガスがでないということで、自宅には戻らず、弟家族と一緒に車と店で生活しています。



先週からお店を再開しました。

材料はあまり手に入らないそうです。

でも、おいしいものを食べて元気になってもらいたいという気持ちもあり、お昼の数時間のみ店を開けています。



夜は店と車で寝ているので体が疲れるそうです。

でも、開店したとき、福島の方が車で通りかかり、お店に来てくださったそうです。

津波で、家もすべて流されてしまったけれど、家族が無事だったからそれだけでありがたいと言っていたそうです。



そして、お好み焼きを食べて元気になったといわれたそうです。

両親は、体力的にもかなり大変だし、今後の生活のことを考えるとどうしたらよいかわからないけど、店を開いてきてくださったお客様と話をするだけでも、喜んでもらえるだけでもありがたいといっていました。



東京の私のオフィスにきたらどうかと話をしても、仙台を離れないでここで頑張るといいました。

その言葉を聞いて、福島の方たちも、危険だから避難してといわれても、長くすんだその土地から離れることはどれだけつらく苦しいことか、考えると心が痛みます。



長年住んでいる土地を離れるということは、本当に大変なことです。

今までと生活が変わり、環境がかわる、老後を無事に穏やかに過ごせると思っていたのにすべてを失うというのは、想像もできないほどくるしいことでしょう。



両親が仙台で頑張っているのをみると、私もがんばうという気持ちになります。

父も母も老人といわれる年齢です。



でも、この二人が体力がない中、何とか食材を手に入れて、少ない材料の中でお好み焼きを焼いて販売しててることでひとりでも多くの方が元気になってくだされば良いなと思いました。



時々未来に不安がでてくると母が電話でいいます。

でも、ツィッターやフェイスブックに母たちのことを書いたとき、たくさんの方からパワーをもらいました。

というメールやコメントのことを話しました。



それを聞いて、自分たちが頑張っていることで、周りががんばれるのならと、逆に元気をもらったといっていました。



私もこれから、できるだけのことをしていこうと思っています。

震災の傷跡は深く、これから長い期間がかかるでしょう。

これから先のことも考え、自分にいまできることは何か、そしてひとりひとりが、不安を抱えている中自分の生活を取り戻し、元気のパワーをたくさんの人に伝えたいける日々を過ごしていただけたらと思います。



夜はやっていないようですが、昼の二時間ぐらいはあいているのでお近くの方はぜひ、お寄りください。

今の状態では、きちんとしたサービスなどもできないかもしれませんが、それでも声をかけてくださるだけでも両親には元気のパワーがでてくると思います。



広島風お好み焼きおかめちゃんというお店です。