田野岡君が無事に見つかって本当によかったですね。
ニュースをみた誰もが、最悪な事態を予想してたと思います。






さて、今回の事件は「山中に置き去りにするのは、躾か虐待か」という面が大きく取り上げられていました。





ネット上では虐待だという意見と、そいう躾はよくある(自分もやったことある)という意見があります。



目に見えるわかりやすい形で問題になるのが今回ようにマスコミに取り上げられるだけで、目立たない形での「虐待」はまだまだ日常で起こっていることなのだな~と思います。






私はこういった「躾」はなくなるべきだと思ってます。



私も似たような形での「躾」を受けたことがあります。
幼稚園児のころ、母親が切れて玄関の外にホッぽりだされ放置されました。






ボロボロ泣きじゃくって、インターホンならして、中に入れてもらおうと必死でした。
今こんなことやってたら、完全に「虐待」と言われます。







田野岡君のケースと比べたらそんなに重大さはないかも知れませんが・・^^;





しかし、こいう「躾」は無くすべきという意見は変わりません


安易なんですよ。暴力と一緒で。





例えばカフェでウェイターが、持ってきたコーヒーを誤ってテーブルにこぼしたとしますね。
しずくが滴って、あなたの服も汚れてしまったとする。


このときあなたは、「切れて」ウェイターをドヤシつけますか?





ここで「思わず」切れる人は「躾」と称して子供を置き去りにする人のような気がします。




冷静に考えれば、タオルでふいてもらえるでしょうし、謝罪もしてくれるでしょう。
あなたが不満を持ったとしても、それを相手に伝える際に「感情的に」なる必要はない。




だた「伝えればいいだけ」。





今回事件を起こした親にしても、普段はフツ―に「いい人」なんでしょうね。
でも、こういう突発的な不満を抱いたときに、「感情的に」なってしまう。





面倒くさいクレーマー気質。






「どうしてそれが悪いことなのか教える」



これをするのに



「相手の体で分からせる(言葉で説明しない)」






のは、コミュニケーションのウチでも、最も下劣で安易な手段であります。





人間同士の信頼関係を一から築きあげる努力の放棄にほかなりません。





子育てにこういう暴力まがいが許されていた時代はもう終わった。
学校で体罰があった時代は教育も「楽」だった。殴ればすむのだから。






しかしこれからは、自分をコントロールし、適切に関係を作り上げていく努力が必要になった。
いいことだと思う。どこまでも言葉を積み上げてリレーションシップを作る・・。






ちなみに私の母親は人よりかなり神経質で、感情が安定しないところもあった。
優しいときはキモチワルイくらい優しいんだけどねえ・・・・。




そのギャップに混乱してたのかな。幼稚園時代の私。
だから家に安心感を持てなかったのもある。





ということで、ま、人様のことをあーだこーだ行っといて自分も
気を付けないといけないんですけどね。





がんばりませう。





PS



置き去り現場から5キロ~7キロ離れた位置で発見されたそうですね。


ウチの妹氏は親がちょっと目を離した隙に行方不明になり、最終的に駅前で見つかった。
田野岡くんと同年齢かすこし年下くらいの時。



子供だからといって、遠くまでいけないというのは間違いなんだなあ。