そして肝心なこと、このFinalStoryのどこが私を救ってくれたのか。
この小説は推定30代前半くらいのキャンディの独白が所々にちりばめられています。
キャンディがアメリカへ渡る途中で知り合った当時3歳の女児が看護婦になっている、という記述があるので、普通に考えて15年以上の年月は経ている…そう読み解きました。
明らかになったのは、彼女が現在は愛する人と共に暮らしていること。幸せであること。
けれどその愛する人が誰なのかの名前は一切、書いていないのです。
そこは読者の胸に委ねる…という、名木田先生の長年の読者へのご配慮です。
可能性としてはその愛する人は、アルバートさんがテリュースか。二択でしょう。
まあ、それ以外の誰かってことが無いとは言えないけど、それじゃ面白くもないので論外とします。
そして私は、共に暮らす愛する「あのひと」はテリュースしかあり得ない、と確信できたのです。
作中にいくつかヒントがあります。
「アメリカに戻るまでの出来事をあのひとに話すと、はじめは大笑いをして聞いていた」
「ふいに真剣な表情になり私をきつく抱きしめて言った」
「よく無事だった…」
このリアクション。まんま、テリュース。
彼女が住んでいる家の前に、エイボン川が流れている…ということは、彼の祖国であるイギリス。
部屋の書棚にはシェイクスピアの本が収められている。
そしてなにより、スザナ・マーロウが既に亡くなっていた、という事実。
ここ、読んでいて思わず、ひぇ~!ってなりましたね。
スザナ、まさか自死?という身の毛もよだつ想像をしてしまいましたが、「闘病中は~」という記述があったのでそうではなかったと、胸をなで下ろしました。
スザナ逝去から1年半が経った頃、テリィはキャンディへ手紙をしたためます。
「思い切って投函する」と。
ネタバレをあまり書いてしまうと怒られてしまいそうですのでこの辺にしますが、とにかく、ここから運命の歯車が動き出したようです。
「あのひと」が誰であるかをきちんと書くには、長い物語が必要であり、それを書くつもりは無い、と、あとがきで名木田先生はおっしゃっています。
読みたくて読みたくて読みたくて気が狂いそうですが、そこは強請ってはいけないことのようです。
それでも私は、キャンディとテリィが共に人生を重ねていったのだ、片時も離れたくないほど深く激しい愛を貫けたのだ…と推察できただけで泣くほど嬉しかったのです。
少女時代から私の心に澱のように残り、夜泣きをしていた疑似失恋から、ようやく解放されました。
読者がどんなに心で続編を作ろうと原作を改編しようと、それは所詮ホンモノではありません。
作者だけにしか救えないことがあるのです。
ようやく…やっと、その救いを私が掴むことが出来たのは、ロープが投げられてから実に14年も経っていたというところが、我ながら間抜けではありますが。
でもね、絶対私だけじゃないと思うんです。
このFinalStoryという救いの存在を知らないままの乙女が、日本中いえキャンディの人気は世界レベルだから、世界中にわんさかいるはずなんです。
私と同じように心に傷を持っている女性たちに、教えてあげたい。
スザナ退場~~!
テリィの気持ちは少しも変わってなかったわよ~~~!