とらわれない・こだわらない・流されない2
先ほどの記事の続きです。
我執はひと言でいうと「自分を良く見せたい」という見栄や執着心が高じたもので、他人との差別化です。
人間同士で互いに貴とか賤とか、美とか醜とかいう風に差別や区別をしています。そして見下したり自慢したり卑下をしますが、道にのっとれば本来そんな差別などはないのです。
それらを一切横に置いて、自分自身をどのように生かしていくか、周りの人とどう楽しく生きていくかを考えることによって、あなたが持っている独特の持ち味・長所と欠点の持つ特徴を活用し、パワーを生かしてくことができるのです。
「話す」というのは「放す」ことに通じるのです。
話していくうちに、自分自身もそのとらわれから自由になり、また良い気がどんどんめぐってきます。
「毎日弁当を作り、家の掃除もきちんとしなければと思って頑張ってきました。そうやって理想の妻を目指して努力をしているのに、ちっとも心が楽しくないのです」
思い当たる例はあなたの中にもありますか?
「人に褒められたくて、無理に正しい自分を作ろうとしなくていいのです。
野生動物のように、自分に必要なことだけを好きなようにやってみることです。」
「私のここがダメなんだ、もっとこう生きなければいけない」という風に、まじめに考えていることが逆にとらわれや執着となって気が滞り、自分を苦しめてしまうことも多いのです。
理想を持つことはよいことです。
大切なのは、自分を素直に受け入れ、自分を好きになることです。
すると心のこだわりが取れて気が巡り、人生に元気とやる気が湧いてくるのです。
いかがですか?紀元前の人たちの教えから…現代の私たちに通じますよね。
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