実はクリスマスでお店が閉まる前、イブに伺うPflegeelternの為に紅茶を買ったのですが、その時同時にした自分の買い物をレジに置き忘れて帰る、という大ポカをやらかしました。
春にやらかした玄関の鍵締め出しといい、我ながら失敗スタンプラリーでもしているのかと言いたくなります。
帰宅して気づいた時にはお店は閉まっていたので、この前のクリスマス明けはレシート片手にダメ元でTEE SEEGERに行く事になりました。

駅前にはまだクリスマスマーケットがありました。
毎年クリスマス明けお馴染みの光景ですが、祭りが終わる寂寥感にしがみつく虚しさとか、稼ぎ時を延長したい商業者の思惑とか、色々考えてしまって複雑な気持ちになりますね。
私が日本人だからか、クリスマスが終わったらすぐ年越し気分になるので、いつまでもマーケットがある事に余計違和感があるのかもしれません。

と思ったら、クリスマスツリーの方は容赦なく切り刻まれていました。
諦めが良いのか悪いのかわからないドイツ人ですが、ツリーの回収期限の関係でしょう。
もみの木を買わないので、こんなふうに処理するのかと興味深かったです。
このツリーの残骸が、次の日くらいには各地域の集積所に山のように積まれて、毎年何だかいたたまれなくなるんですよね。
忘れた当日応対してくれた店員さんに事情を話してみたところ、
「あ〜!レジに忘れていった紅茶あったよね!」
と覚えて下さっていて、有難く受け取ることができました。ありがとうございます。これからも通います。
自分でも呆れるくらい失敗がある人生ですが、周りの人達が優しいお陰で生存できているので、その分私も人に寛容になろうと思えますね。

それとも私に常識が欠落しているだけで、これはFrohe Weihnachtenの文字飾りくらい普通なのでしょうか。
よりにもよってこれを売り出すドイツ人のセンス、実際のダサさに気づくのが遅れるアルファベットのデザイン性、アルファベットがオシャレだと思っている自分の哀しいアジア人的感性。
色んな事に注意を向けてくれる文字飾りでした。

大晦日で閉まる前に買い出しに来たスーパーには、クリスマス限定菓子の売れ残りが50%OFFになって売られていました。
山積みのLebkuchenなどを見て、これだけ残るなら少なめに作れないものだろうか、なんて思ってしまいます。

50%OFFの可哀想なお菓子達の隣には、新年に打ち上げる花火が売られていました。
売れ残ったお菓子の隣にあると余計、新年明けて売れ残った花火の姿が想像できて「明日は我が身」感の演出がすごいな、とか死ぬほどどうでもいい事を考えていました。
大晦日の夜はこの花火で毎年もの凄い騒ぎになり、その翌日の道路には花火のゴミが散乱していたりします。
私のPflegeelternはそんな大晦日の騒ぎには反対なのですが、怒涛の勢いで上がる花火を見るのは個人的にけっこう好きです。ゴミの後片付けさえしてくれればいいのですけれど。
こうしてみると、渋谷のハロウィン騒ぎの問題と何だか似てますね。
1日で価値は落ちても、1日くらいで味は落ちないので自分的には満足です。
この通り、大晦日前の買い出しも忘れなかったし。年越しで餓死する心配はありません。
この不定期に更新されるブログを辛抱強く読んでくださる皆さんが、素敵な年を迎えられますように!
来年もどうぞよろしくお願いします。
















































































