お盆前 出雲に出かけました。
前日まで奈良にいたので かなりなキロ数を走ってしまいました。
行きたかった 倭文神社経由で
出雲大社に行く予定でした。
倭文神社は 「しとりじんじゃ」と言います。
全国に倭文神社はありますが
由来的には「「シズリ」「シドリ」『和訓栞』「シズオリ」『天武記』等と読むべきで、この織物は楮(こうぞ)、麻、苧(からむし)などの繊維で、その横糸を赤青の原色で染めて乱れ模様に織ったもので、つまり横シマの楮(こうぞ)布、麻布、苧(からむし)布であるという。 」と解説があるのですが
ここは 大国主の娘下照姫が最後に住んだ場所で
夫であった天若彦が逆族となったために 里の出雲にも帰れず最後にここに住み、織物が盛んだったこの場所で安産の指導しながら一生を終えたようです。
伯耆一ノ宮です。
さすがに一ノ宮。
本殿。
イメージは、神社というより、
住まいみたいな感じです 。
そして、安産の神として祀られた理由が
書いてあります。
この岩を撫でると安産になるのだとか!
産婦はお参りして、岩を撫でてくださいね。
そして下照姫が 泣きながら出雲を思っていたという
出雲山
遠くに大山や出雲の山が見えます。
悲しかったでしょうね。
空は青く まるで鳥のような雲が
美しい空に飛び立っているようでした。
悲しい歴史
古事記にも下照姫の話は載っています。
天若彦に見初められ
子をなし三年後 高天原から
使いを出したのに帰らぬ天若彦を密偵のキジナキメが
見に行きます。
天若彦は役目を果たさずに楽しく暮らしていたので
バレるのを恐れて密偵を殺してしまいます。
高天原から帰り矢を浴びて
天若彦は死んでしまいます。
天若彦の郷に亡骸を持っていくと
天若彦には妻子があり騙されていたことを知った
下照姫。
現代にも通じる話ですが
悲しい話です。
下照姫の想いを汲み取り、祈ってまいりました。
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