昨日、カンブリア宮殿にて
コミュニティでザイナーの 山崎亮 さんが取り上げられてた。
思うこと。



「税金を払っているのだから」
と地方行政に不満を漏らす人々。
限定的な施策しか取れないものの、地場で市民間で発生する問題の解決を放棄してしまっている市民。市政サービスにも過去携わったことがあるそうで、その違和感は感じていたそうです。


「コミュニティの活性化」
非連続的な人間関係を繋ぎ新しいコミュニティを「作る」ことは、
多くの方が学生でも取り組んでいるのだけれど、その後のエンパワが大事。


接点を設けるだけではなくて、
個々の人々同士がコミュニケートするための
「決めごと」が必要。


トップダウンでのルールでは、定着しない。
マインドの問題なのか、実際の施策、物質的インフラ、資金の流れ
方法はさまざまでしょうが、そのルールを決める際に包括的なコミュニティメンバーが入っているか。入っていても決められるか。


活性化を主導でやるとするのであれば、
特定の個人、ないし団体の仕掛け人だけで回してではだめで
むしろその介在がなくなることで活性化が成功と言えるものだと思います。


コミュニティを作ろうって動きはビジネスでももちろんあり。
Web3.0とか少し古いけれど騒がれてましたが、
色々な企業発信のCS施策見てると、「発信」以上のものを感じる所は少なくて。
個々人との関係性を重視してその購買関係だけで成り立つ、要は買ってもらうための宣伝ってだけだと何だか古い気がします。CRMとか(死語)言われてた頃の。


消費者コミュニティも、
そのコミュニティをいかに活用するつもりかが
明確になってる企業や事業を見るのが好きです。




自己の介在しない所での情報伝達と伝播。
さらにその情報が散在せずひとつの方向性をもたせる…
そのための「決めごと」をコミュニティのアクターの同意の中で創る。


ん?これWEB上で見えない相手同士で行うには、、って思いが走る。
プログラマーのプラットフォームであるGitHubは頭に浮かぶけれど、
これコーディングとかで一応共通言語があるのだよなぁ。


共通言語ないところでのコミュニティのエンパワにはどうすれば。
本質的に毛色が違う次元の話なのかもしれないのだけれど引っかかる。
こういう時になんで日本は日本語なんだろうといつも思う。
でもこゆの考えるのは面白いです。

ひむ@himhim616

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