備前丸からの門を抜けると
石棺 石垣に石棺が使われています。 信長の城では墓石やお地蔵さんまで使われていましたから、そういうこともあるでしょう。
この先行きたくなる~![]()
お菊の井戸 播州皿屋敷 1ま~い、2ま~い・・・何回数えても1枚足りな~い ってやつ
続きまして~
渡櫓
横むいてますが廊下です この雰囲気イイ![]()
片側は城外に面していて、石落としや狭間などがあり、反対側(城内側)は侍女たちの部屋になっていて、約121間(約240m)あったので「百閒廊下」とも呼ばれています。
そしてその奥に
千姫の化粧櫓
千姫(家康の孫)が本多忠刻(本多忠勝の孫)に輿入れする際の化粧料10万石で建てられた。櫓というか千姫の部屋って感じ?
千姫で気づかれた方もいると思いますが...い・いるよね??
大河「真田丸」に出てくる豊臣秀頼の奥さんだった人です
大阪冬の陣・夏の陣で豊臣が滅んで、徳川に戻ってから本多家に嫁いだんです
こちらは黒田官兵衛時代に造られた石垣
さぁこの次は周辺散策![]()














