続いては設楽が原古戦場周辺へ
信長本陣
信長好きの二人が一番来たかったトコロ
ここ茶臼山に本陣を置き、信長が唯一詠んだとされる詩が残されています。また、茶臼山は「高貴な人の由緒のある場所」だそうで、全国にもあるそうです。(調べてみてみ)
すぐ裏に高速道路が工事中
歴史好きにはこういうのすごく残念なんだけど、そこにPAが造られていて、PAからこの本陣跡に行けるようになるそうです。信長本陣のすぐ後ろには秀吉本陣があります
家康本陣 は時間の都合で前を通っただけ 小高い丘の上なんでね
そして突然田んぼ脇にガイドさんが車を止めて
ではここで設楽が原古戦場の全体像を見てみましょう
と一段上の道路上へちょうど全体が見渡せるように歩道上で広くなった場所があります
そこで設楽が原古戦場の屏風図を広げながら説明してくれました
屏風図と現地を見比べるとよく分かります。屏風図通り!ガイドさんが続けます
見ていただいたら分かりますが、家康本陣が最前線なのが分かりますよね
武田・織田から比べたら徳川は本当に小さい大名というのが分かりますね
そして信長本陣はあんなに後方。何かあったらいつでも逃げられるように・・・
そんな言い方しないで~と心の中で思ってました


見比べてもらうと分かると思いますが
真ん中が連吾川 川って言っても田んぼの中にある小川ってくらい小さい川。しかも拡張工事後でこの幅なので当時は・・・ね。
で家康本陣が田んぼを挟んだすぐ側・・・最前線すぎだね
その左に家康の嫡男徳川信康本陣 ガイドさんが嘆きたくなるのがよく分かる
そして家康本陣の奥が見えないけど信長本陣 確かに遠いね
そしてこちらも楽しみだった長篠・設楽が原の戦いといえばコレ
馬防柵
織田・徳川で馬防柵の作りが違います。織田は馬防柵と馬防柵の間に隙間がありますが、徳川は馬防柵が重なっています。
最前線だからその間から敵に入って来られないようにするためかも?
続いては設楽が原歴史資料館
こちらは今までに見たこともないような鉄砲が展示されています。
また、長篠・設楽が原の戦いの2年前の三方が原の戦い後、信玄は病死(?)するんですが
その時に信玄を暗殺するために使われたと言われる鉄砲も展示されています。
写真が横向いてしまいましたが、資料館に飾ってあった写真
「乙女の一撃」
こちらは資料館のすぐそばにある
信玄塚
大塚は武田軍、小塚は織田・徳川軍の亡くなった方々を地元の方が埋葬されています。
なぜ「信玄」塚なのか?この合戦の時、信玄はすでに亡くなっています。
戦国時代の武田信玄は戦国最強とも言われるので、その信玄に勝ったといことをアピールしたかったのでは?とガイドさんが言っていました。。。
最後に集合場所の長篠城址に戻る前にガイドさんが
勝頼の撤退路を見に行きましょう

まずはその手前で武田重臣馬場美濃守が勝頼の撤退を見て迫る敵に首を差し出したとされる場所

川に石橋がかかっている辺りから勝頼が撤退したとされています。ちょうどその辺りが一番川幅が狭くなっているから・・・だそうです。
これでこの長篠・設楽が原の古戦場の観光ガイドは終了
短時間なのに詰め込んでしまったけど、本当に色んな所が周れて本当に楽しい一日でした
ガイドさんありがとうございます!



