江戸生艶気蒲焼(えどうまれうなぎのかばやき) その5 | そろって浄土に弥次喜多道中膝栗毛

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残り少ない人生、死ぬのは苦しいものか、どうも痴呆老人になって死んでいくようだ。お寺の坊さんに頼んでいるが。
残りの人生、東海道中膝栗毛の弥次喜多道中のように気楽に行けないものか。


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江戸生艶気蒲焼(えどうまれうなぎのかばやき) その5

仇気屋の一人息子 艶二郎 生まれつき浮気なことを好み 一生の思い出に浮き名のたつことあらんんとて 近所の道楽息子北里喜之介 わるい志庵なる太鼓医者などとあい語らい 艶二郎を

売り出さんものといろいろ算段したり
まずは それなりの小唄の一つを嗜むべしとて 「めりやす」なる歌謡をすこし 体には 彫物

が浮気の始まりなればとて つまらぬ彫物を両方の腕、指の股などに ひとかどの通人になりたるか

北里喜之介 わるい志庵 艶二郎と語りて 売り出しの小細工 近所の評判の芸者おゑんに 金三十両を積み上げ 艶二郎宅に 押しかけ 大げさなる一芝居 さては隣り近所のうわさも持ち

きりならんとてか
しかるに 世間は勿論のこと 近所のうわさの一つもなければ 大いに張り合い抜け 艶二郎他

がっくり 
ここで 挫けてなるものか 次なる手段はと 悪友連 考えるに これは 街を流す読売を雇い


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      (読売 大いに宣伝するも 女連中から相手にされず 艶二郎もがっくり)


入れ 瓦版を作らせ撒き散らさんとて 一人当たり一両はりこみ 宣伝に努めり
「評判ヾ 仇気屋の息子 艶二郎というう色男に、美しい芸者が彫れてかけこみました。とんだ

事 ゝ。こと明細 ゝ 。 紙代版行代におよばず ただじゃ ゝ」(p91)と江戸中を流すに これは如何 全然反応なし 不思議なることとよ

街中の女 どうせ作り話 読む気もしないわ ただでも 読むのもめんどうくさいとばかり すげなく 相手にもされず 

艶二郎 どうしようもないお人好なるか くしゃみをする度に 世間では俺の噂でもちきりさなどといい気なもの 

しかるに 町内ですら すこしも 噂にもならず がっくりすること がっくりすること
艶二郎 この上は 女郎買占めて 浮名を立てんものと 新吉原のメインストリーの「中の丁」

なる その名も 「うわき松屋」という茶屋に上がり、ポン友ともに大いに洒落込み いまや遅しと お気に入りの 新吉原江戸町の大見世松葉屋の有名な遊女 瀬川、歌姫の都合は如何なる


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   (艶二郎 悪友二人と新吉原に繰り出し 女郎買いに 浮名を挙げる算段を相談)

かと聞きに遣るに 待てど待てども 音沙汰なし
女将 しきりに 座をとりなし 歌舞伎の森田屋などの噂話しなどで 座を取り持つことにしき

りなるものも
直接 女郎買いで 浮名を挙げんものと 大いに洒落て 吉原に乗り込みし艶二郎一行 どんな

展開が待ちしか

(以上 「江戸生艶気蒲焼 」 山東京伝作 北尾政演画 「日本古典文学全集 黄表紙、川柳、狂歌」 小学館 参考に )

ここで すこし 雰囲気を変えて 江戸時代の


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(今では余り見られなくなりました障子のかけはぎ風景 障子の下の板は 腰板といい 腰板がついた障子を腰付き障子と言うのですって 昔小生も障子のかけはぎをしたことがありますが い

い風景ですね)

               「江戸ものしり図鑑」花咲一男著 主婦と生活社 参考