NHKの「歴史鑑定」(11/29放送)の今回のテーマは「白村江の戦い」でした。
45分の放送時間だから多くは期待してなかったけど、日韓の微妙な関係を刺激しないような言葉遣いやコメントのせいで史実が解りにくい印象となっていた。
番組では「水城」について唐の侵略に備えて作られたという従来の説明と亡命百済人が土木工事の技術指導に携わったとの見解が紹介されただけで、百済難民の救済事業の側面についての視点はなかった。
また、白村江の敗戦後、天智天皇のもとわが国が中央集権国家と変貌していくなかで国名表記が「倭」から「日本」となったとの説明があったけどその発音は「倭」も「日本」も「にっぽん」と読んでいた。「やまと」です!
「日本」と書いて「にっぽん(にほん)」と読むようになったのは研究者によって差がありますが、だいたい9世紀後半から10世紀初頭だと言われています。
「白村江の戦い」の史実と歴史的意義についてはこのブログの2013年9月号~2014年2月号のフォーネット、2013年10月、11月の勉強会の概要でも紹介しています。
また、生野先生の著書『日本国成立の日』にも詳しく紹介されています。
ぜひご一読くださいm(_ _)m
~~おまけ~~
『小説 白村江』(荒山徹著)もお薦めです