ひでです。お早うございます。今日からのブログですが、毎日家に居るだけで変わったこともありません。なので、書くことも無いんで適当にボチボチ書いていきますので面白くないですが悪しからずご容赦ください。
大垣城は3月9日にセントレア空港の往路に行ったお城です。
場所:岐阜県
城主:土岐氏→氏家氏→池田氏(その他大勢)伊藤氏~関が原~石川氏→→戸田氏
石高:10万石(戸田氏)
別称:巨鹿城
来歴:清和源氏の流れをくむ美濃守護の土岐氏の代に原型となる城が作られました。斎藤道三が土岐氏にとって代わって美濃の戦国大名になると、大垣城には美濃三人衆の一人氏家卜全が入り、城の大改修が行われ大垣城となりました。
信長による岐阜攻めでは斎藤龍興を見限り信長勢として参戦し、以降は織田家臣として大垣城を守りました。
(近くに車を止めて歩いて乾櫓に到着)
信長が亡くなり、豊臣秀吉が権力を握ると、大垣城は家康勢の防波堤として重要視され、豊臣一族や重臣が入城しました。
(東門から中に入りました)
関ケ原の戦いが起きると、その時大垣城主だった伊藤氏は西軍に付き、石田三成が大垣城に入り、西軍の本拠地となりました。しかし、関が原が主戦場になると、西軍本体は城を出て関が原に布陣し、大垣城には守将が残りました。
しかし、関が原で西軍が敗れると大垣城は東軍に包囲され、激戦の末落城しました。
(復元天守から見えたのは乗鞍岳?)
関ケ原の戦いで東軍が勝利し、徳川家康が権力を握ると大垣城には譜代の石川氏が入り、その後、久松松平氏、さらに岡部氏、戸田氏が入り明治を迎えました。
(西門から出て城下に向かいました)
よかったらポチッとお願いします。
↓ ↓ ↓



