ひでです。お早うございます。ここには4月12日に行きました。
場所:岡山県
城主:毛利氏(小早川隆景)→池田輝政→浅野氏
石高:
別称:浮城
来歴:毛利家の水軍を束ねる小早川隆景が、三原浦に点在する大島・小島を埋め立て海に面したお城を作りました。なので、別名は海に浮かぶ城だったんで浮城とお言われました。
こ~んな感じ。
やがて、隆景は豊臣政権との結びつきを強めるため、秀吉の義理の甥の木下秀俊を養子として迎え、家督を譲り、隠居所として三原城に移りました。
因みに、秀俊は秀秋と改名するんですが、この人が関ヶ原の主要な人物となった小早川秀秋です。その秀秋も、関ヶ原の裏切り者との陰口を言われていたと言われていて、関が原が終わって、しばらくして秀秋は原因不明で急死してしまいます。裏切りのために亡くなった大名の祟りだと言う噂も。名門の小早川も終わってしまいました。
秀秋は関ヶ原の軍功で岡山藩に転封となり、後には福島正則が入り、その後は広島城主浅野氏が三原城主を兼ねました。
現場へ行ってビックリ、新幹線に飲み込まれてる。天守台に行けるようですが、何処から行けばいいんでしょう?
おばちゃんを見つけ入り口を聞きます。分かる所まで案内してくれました。
新幹線の駅には行って天守台を目指します。
古地図も有りました。
あれ?天守台に上がった所の写真が有りません。でも、上がれました。
反対側からも見ました。
先ほどのおばちゃんが「イオンの駐車場からも石垣が見えるよ」と言ってたんで、行ってみました。
ここは確か・・・入船櫓の址だったでしょうか?
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