ひでです。お早うございます。お久しぶりに生きたいシリーズ、今日はハンガリー編です。

 

「ブダペスト」として一つの市でドナウ川の両岸を占めるようになったのは1873年に西岸のブダと、東岸のペストが合併してからです。ハンガリーの政治、文化、商業、産業、交通の一大中心都市で、東・中央ヨーロッパでは最大の都市です。

 

ブダペストの歴史の始まりはスコットランドと同じようにケルト人の集落でした。それから色々ありまして、モンゴルによる侵略が1240年ごろに起こり、平原での防御は難しいことが直ぐに判明しました。時の王は街を囲む石の城壁を補強するよう命じ 、自らの王宮もブダの丘の一番上に据えました。

 

しかし、それでもモンゴルの勢いは止められず、街は破壊しつくされました。15世紀 町が再建されると今度はモハーチの戦いが起こり、オスマン帝国による150年間の支配が続き、18世紀、19世紀に新しい時代に入ると町は発展し繁栄します。そうして、都市の合併が行われ、世界都市となりました。

 

また、第一次世界大戦勃発まで列強に含まれたオーストリア=ハンガリー帝国ですが、戦いに敗れ、1920年のトリアノン条約によりハンガリーは国土の72%を失いましたが、さおさら、ハンガリーの文化や経済をブダペストが占めるようになりました。

 

ブダペストはヨーロッパでも最も美しい街の一つで、ドナウ川河岸を含め世界遺産が広がりブダ城やアンドラーシ通り、英雄広場は良く知られた観光地です。

 

ヨーロッパは隣の国と地続きですから日本とは国を守るという感覚が違うんでしょう。

↓ ↓ ↓


にほんブログ村


にほんブログ村

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村