ひでです。お早うございます。長い間お付き合い頂きましたシリーズも今日が最後となりました。ご迷惑をお掛けしました。笑
第二次世界大戦ではドイツに呼応する形でイギリス 、フランスに宣戦し、フランス南部に侵入します。またバルカン半島や北アフリカ戦線にも攻勢を仕掛けますが、開戦前から疲弊していた経済では十分な軍備を整えることは出来ず、また国内資源に乏しいイタリアにとってイギリス・アメリカとの対立は資源不足に陥ることを意味していました。結果、訓練・装備の行き届いた一部の精鋭部隊を除けば芳しい戦果を挙げることは出来ず、次第にドイツの軍事的援助を受けるようになります。
悪化する枢軸側の戦況に対し危機感を抱いた王家とファシスト党の反ムッソリーニ派によってムッソリーニは逮捕され、新たにバドリオ政権が成立します。バドリオ政権は連合軍と休戦交渉を進め、ドイツ軍がイタリアへの進駐を開始すると政府・国王と、軍内部の王党派は南部イタリアのブリンディシに脱出し、連合軍の一員としてドイツと交戦を開始します。
一方、幽閉されていたムッソリーニはドイツ軍の特殊部隊によって救出され、イタリア社会共和国を樹立、軍内部のムッソリーニ派を中心とするRSI(イタリア社会共和国)軍が形成される。これによりイタリアは、ドイツ軍と連合軍、RSI軍とイタリア王国軍、そして第三勢力とも言うべきパルチザンも加わった内戦状態となってしまいます。
その後、連合軍の北進とドイツの崩壊によってイタリア情勢は連合国側に傾き、イタリア社会共和国もレジスタンス活動によって打倒され、スイスへの亡命を図ったムッソリーニはパルチザンに拘束され、裁判もなく公開処刑にされました。1946年6月、国民投票で王制廃止が決定(北部は共和制優勢で、南部では王政支持派が優勢であったという)。1946年5月に即位した王ウンベルト2世を筆頭にイタリア王家は全員国外追放され、イタリアは共和制に移行します。そして、1948年にイタリア共和国憲法が発効しました。
1948年に、初代大統領にエンリコ・デ・ニコラが就任。その後の冷戦では、社会主義勢力の影響を受けながらも、アメリカ合衆国や西ドイツなどとともに西側諸国の1国として東側諸国と対峙しました。主要国首脳会議の参加国であり、現在も政治や経済だけでなく、文化的な側面においても世界的に重要な位置を占めています。
そんなイタリアですが、経済はどん底で景気低迷による企業倒産の増加から、銀行の不良債権はさらに増えることが見込まれています。いわゆる銀行危機がイギリスのEU離脱の伴い再燃しているそうです。もしイタリアがデフォルトでもするようなことだあれば、日本の株も暴落することでしょう。そうなったら私の株も紙切れになることでしょう。
いや~長かった~イタリアの歴史。書きだすと途中で止められなくなりました。中国も古い国なんですけど歴史って言うとイタリアなのかな?。皆さん嫌々お付き合いくださいまして有難うございます。ご清聴有難うございました。笑
これで、イタリアの歴史は終了です。しばらくイタリアと言う言葉も聞きたくありません。あははは
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