ひでです。お早うございます。株価が又下がっています。もういいんで、ほっぽって置いていきたいシリーズを先に進めましょう。



タイトル通りです。ここは通過都市です。でも、セマーの起こりですから説明しなくちゃね。



*コンヤ


コンヤはアナトリアの中央部に位置する主要都市です。



古い時代から存在する都市で、アケメネス朝ペルシア、アレクサンドロス大王の征服を経てセレウコス朝シリアの支配を受け、ペルガモン王国の後にローマ帝国に組み込まれ、初期キリスト教の舞台のひとつになりました。



聖パウロは弟1次伝道旅行の際にも訪れました。その後何度か訪問し、かなりの人がキリスト教に改宗しましたが、ユダヤ人の激しい迫害に遭いました。



パウロ書簡の一つガラテヤ人への手紙は、この地域を含む南ガラテヤ諸教会にあてたという説があります。



その後も東ローマ帝国のもとでキリスト教都市として栄えますが、最終的には1466年に至ってオスマンのメフメト2世に征服されると、メフメトがアナトリア中部に建設したカラマン州の州都になりました。



1228年には中央アジアのアフガニスタン北部に生まれたイスラム神秘主義者、ルーミー(メヴラーナ)が招請されてコンヤに定住し、1273年に亡くなるまでコンヤで活動し、トルコを代表する神秘主義教団であるメヴレヴィー教団を開きました。



コンヤにあるルーミーの墓廟はオスマン帝国期にはメヴレヴィー教団の道場に使われていたが、1927年にケマル・アタテュルク政権によって神秘主義教団が解散され、ルーミー廟は閉鎖されました。



廟は現在はメヴラーナ博物館として一般公開されており、宗教性を薄められた今もなおコンヤを代表する建造物です。



この他、コンヤにはカイクバード1世の建立したアラエッディン・モスクやセリム2世のセリミエ・モスクなど多くのモスクがあり、アナトリア随一の宗教都市として繁栄したかつての姿を現在に伝えています。



ここへは別に来たくはないんですが、お目当ては旋回舞踊セマーです。



メヴレヴィー教団の男たちがスカートをはいて、ぐるぐる、ぐるぐる、ひたすらぐるぐる。トランス状態になってぐるぐる。ぐるぐる。あ~目が回る。あはははは



昔はコンヤでも回っていたはずなんですが、観光客減少で回らなくなったようです。笑



そのぐるぐるがカッパドキアで鑑賞出来るそうです。このぐるぐるは神聖な儀式なので、写真撮影は禁止だそうです。


ぐるぐるが見れなきゃコンヤによる必要もありません。



なら書かなきゃいいって?ここまで書いたんだからいいじゃない?。あははははは




くるくる回って目が回る~。

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