ひでです。お早うございます。
なるべく行きたいシリーズを進めないと下書きが来年まで進んでしまいそうです。
今日は古代エジプト第19王朝の初代・第2代目のファラオのお話です。
*ラムセス1世(在位紀元前1295年 -紀元前1294年 )
ラムセス1世は古代エジプト第19王朝 の初代ファラオです。
彼はトゥト・アンク・アメンの将軍だったホルエムヘブの忠実な腹心で親友であり、後年は彼の軍司令官、宰相の地位にありました。
ホルエムヘブの信任は非常に篤く、息子がなかったホルエムヘブは在世中から彼を王位に指名していた。
即位したときすでに老年であったため在位期間は短く、死後は息子のセティ1世が王位を継承しました。
ミイラは1870年代以降長く行方不明となっていましたが、アメリカのアトランタで王妃のミイラとともに発見され、2002年に「ファラオを祖国に帰国させてほしい」とのエジプトの要請で帰国を果たしました。
*セティ1世(在位:紀元前1294年 - 紀元前1279年 )
セティ1世は古代エジプト 第19王朝の初代ファラオ、ラムセス1世の息子です。
彼は非常に大柄で、戦士になるために生まれてきたような男でしたが、同時に芸術 にも関心が深かったそうです。
また、性格は穏やかであったとも伝わっています。
アマルナ 時代の悪政によって低下したエジプトの国力・国威を回復すべく、父ラムセス1世の共同統治者としてシリアへの軍事的対処を行い、父の死後は政策を継いで北方のパレスチナへと遠征しヒッタイトを押し戻すことに成功しました。
また南方のヌビアにも遠征し成功を収めたほか、紅海地方で金鉱を発見しています。
そのほか、リビア人の侵略を撃退してもいます。
リビア人は後にエジプトに同化され、ファラオさえ輩出することになりますが、この時点では単なる侵略者でした。
内政面ではアマルナ時代の影響を一掃すべく、伝統的な宗教・芸術の復興に力を注いぎました。 アビドスのオシリス神殿やカルナックアメン神殿多柱室、自身のための葬祭殿などの建設事業はその一環です。
自身のためにはほかに王家の谷に壮麗な墓を建設しています。
これらは遠征とともに、諸国にエジプトの国力回復を見せ付ける示威行為でした。
世に広く知られるエジプト美術は彼の治世に完成されたものであると言われています。
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このファラオ達はあまり有名じゃないからこれ位でいいや。あははは