久しぶりにチョコレートを作ってみた。
初ガトーショコラに挑戦。
わぁ、こんなに膨らむのねっていうくらい
膨らんだけれど
冷めたら膨らみはなくなるのね。笑
ボウルに残ったタネを舐めてみたら(笑)
美味しかったので
ちゃんと焼けていれば美味しいはず。

あとは、アーモンド&コーンフレークのミルクチョコと
カシューナッツ&コーンフレークのホワイトチョコ。
アーモンドとカシューナッツを
小さめに切るのだけが手間だけれど
まぁ、単純作業は楽しい。
でもって
成型はスプーンで小分けにするだけなので
難しいことは何一つない。
けど美味しいんだよね。笑

ちょっと楽しかった。
この前、ちょっと探し物をしたとき
結構いらないものあるなぁと改めて思いまして
今日はずぅ~~~~っとガラクタ整理。
置き場に困ってとりあえずクローゼットに重ねていた
CDをリビングへ移動。
古くなった化粧品も廃棄。
とりあえず仕舞っていたモノを仕分けして
引き出しチェストも2つ整理。
人間長く生きているとモノは増えてゆくのねぇ。
カオスと化していたひとつのクローゼットは
ずいぶん整理されたわ。

まだ、細かいところが終わっていないけれど疲れてきた。笑

フリー時代の資料と
洋服の仕分けは次回だなぁ。

一休みしたら続きをしよう。
手をつけたトコは今日中に終わらせる予定。

そんな境界線は簡単だ。
その仕事1本で暮らしていけるなら「食える」で
他に仕事をかけもちしているなら「食えない」だ。

この暮らすをどう捉えるかで意見は分かれるのかもしれないけれど。
理想とする暮らしは人それぞれだからね。

ちなみに自分自身で考えてみると
今現在、この土地で「食える」ほどの力がないから
愚痴りながらも会社員という
守られた身分に甘んじている。

家賃や水道光熱費をはじめとしたランニングコストが捻出できて
餓死しない程度に食事もとれてたら、ひとまず御の字。
まぁ、ワタシの場合それプラス、
練習にかかるお金や楽器にかかるお金は確保したい。

ただ、人なんて勝手なもんだから
洋服が欲しいとか、たまには外にご飯食べに行きたいとか
ライヴに行きたいとか、飲みに行きたいとか
貯金だってしたいとか出て来ちゃうんだろうな
とも思う。笑
それでも自分がしたいことを仕事にできて
ランニングコスト+3~5万あれば良いかなぁ。

仮にワタシと同じくらいか低い収入の人と結婚したとしても
その人も一人で暮らして来れていたのなら
なんも問題はないと思う。
月々のコストは一人でも二人でもほとんど変わらないから
(トイレットペーペーやシャンプー関係の減りが変わるくらい。笑)
半額になる感じだもの。笑

あおくさいことを言ってしまえば
そこにちゃんと想い合うキモチがあれば幸せなんだよ。笑
でもって幸せだったらビンボーは気にならない。
というかビンボーも楽しめてしまうのかもしれない。笑

「愛かお金か」って話、誰でも一度はすると思うんだ。
若い頃は迷わず「愛!」と言っていた。笑
でもある程度年齢を重ねてくるとほとんどの人が
「愛で飯は食えない」と言い始める。

うん、言いたいことは分かる。

かく言うワタシもそう思ったことあったし。笑
でもね、それってちょっと違うと思うんだ。
今日はクサイことも言う。笑

この人がいてくれたら他に何もいらない
って人っていると思うんだ。
でもって「愛」って全ての原動力になるものと思うの。
その人がいたらがんばれちゃうんだよ。
結果「愛で飯は食える」ことになるのです。笑
(ええ、青臭いのは重々承知)

「愛で飯は食えない」と言っている人たちは
「食わせてもらうこと前提」なんじゃないのかなと思うんだ。
旦那は旦那であって親じゃない。
与えてもらうことを期待したり当たり前だとか
思ってしまうのはなんか違う気がする。

まぁ、「この人がいたら、他になにもいらない!」と
思えるような人との暮らし前提ではあるんだけどさ。笑