人に対してのやさしさや想いを教えるのが難しいって
いう人がいる。
でもそんなん教えようって思うこと自体
傲慢なんじゃないのかなって思うんだ。
大人になるまでの間にどれだけココロを柔軟にしていたか
そういう環境にいたか、のような気がする。
おもいやりや優しさって受け手によって変わるものだし。
「ワタシ今人を思いやってる」とか
「優しくしてる」って意識するのって違う気がするんだ。
それはただの自己満足で押し付けの気がする。
優しいとか思いやりがあるって
自分が普通だと思ってやった行動に対して第三者から言われて
初めて気づくことの方が圧倒的に多いというか、
それしかないといってもいいかもしれない。
自分もそうだし、例えば優しくされて
「優しいなぁ」と相手に言ったとき
ほぼ100%言われた人間は「普通のことでしょ」って言うもの。
きっと20代前半で「いい人」について
ものすごく考えたことがあったからなのかもしれない。
もちろんね、万人に対して「いい人」もいると思う。
でも案外、自分にとっていい人がいい人の場合が多い。
「いい人」というワードが暴力になりうることもある。
話がちょっとそれてしまった。笑
仕事に対しての想いなんてなおさら教えることではないと思う。
頭で理解することじゃないと思うんだ。
人それぞれだろうし、どれが正解かなんてないと思う。
自分の正解は自分の中にしかない。
これはワタシがあまり他人の評価を気にしないからかもしれないけれど。
彼や彼女の正解がワタシと同じとは限らない。逆も然り。
同じじゃないからといって不正解じゃない。
成功も同じだと思う。
お金持ちになることもひとつの成功だと思うけれど
それだけじゃない。
いやお金持ちにはなりたいけれどね。笑
それでも、自分の思い描いていた場所にたどり着くことが成功なんだと思うんだ。
やっぱり死ぬとき「あぁ良い人生だった」と
看取ってくれる人がそばにいてくれたとしたら
「あなたのおかげで幸せだった、ありがとう」と言える人生をおくりたい
とか思うわけなのです。
一人で逝くにしても看取られるにしても
穏やかなキモチで逝けるのが理想。