若い頃に大病をしたこともあってあまり身体が丈夫ではなかった母。
ここ数年は入退院を繰り返していました。
私は離れて暮らしているので母のお世話は独身の弟に任せきり。
それでも自分の事や簡単な家事は去年夏の帰省まではできていました。
『来年の祭りにまた無事で会おう』というのが、ここ数年の弟と私の合言葉。
暮れに何度目かの入院から帰宅して、その後自宅で頑張っていたけど6月中旬に弟からSOS。
少し前からほとんど食べなくなってたけど水分も受けつけなくなった。
入院させたいんだけど『嫌だ!』の一点張りで全くいう事をきいてくれないから助けてくれ…と。
仕事と留守宅の算段をつけ翌日帰省。
入院どころか病院に行く事すら全力で拒否する母を半分騙すような形で強制入院。
年末の入院の時、大部屋で煩わしい思いをしたらしく、それも入院を嫌がる一因だと思ったので個室をお願いした。
軽いアルツハイマーの症状も出ていたけどひとり部屋なのを理解すると安心したのか喜んでくれた。
『また来るね』と言って別れた2週間後。
翌週末に転院の予定だから…と帰省を1週間先延ばしにした週末が明けた日に母は逝きました。
早かったぁ…。
もう1度くらい顔を見せてあげたかったという気持ちもあるし、苦しむ時間が短くて良かったという気持ちもある。
最期の顔は本当に穏やかだったから。
とうとう分かりあえなかった母と娘だけど、決して嫌いではなかった。
ただあまりにも違い過ぎたんだな。
嫁にもお勤めにもでたことがない世間知らずな母。←親の工場で働き、婿をもらった後は夫の会社を手伝う。
『ねぇ、何であのばぁちゃんから母ちゃんみたいな娘がうまれたの?』
って、何回か長男さんに真面目にきかれたな(笑)
今年のツアーは行けない事態も起きるだろうなと覚悟していたのに、ツアーが始まる前にすっかり全て終わってしまい…
みんなの忙しいスケジュールをかいくぐり『この日しかない』っていうくらい何の影響も出ない日に亡くなったじーちゃんとやっぱり親子だね~!と感心してみたり…。
今日は生前の母とのやりとりを思い出しながら『やっぱり合わねーや!』と、写真に向かって毒づいてやろうと思います。