第三章~サクラ~
僕の少し暖かな部屋に入ったルカは、気がつくと穏やかな表情をしていた。そして、気がつけば僕は、ルカに慰められていた。兄ながら情けないことに。
「ユキ。僕は平気だよ」
当の本人が一番つらい現実なのに……と考えると、ルカの前で暗い顔するのは申し訳ないほどだった。そして、しばらくユタの散らかした本をルカは協力して片付けてくれたルカ。六歳にしてなんて強いんだろう。僕は、そんな凛としたルカの横顔を見て、そしてこう思った。ルカには絶対幸せな人生を歩んでもらおう! って。そして、メイドのメグの料理と、ひょうきんな彼女の話を聞きながら、親父のいないいつもの席で食事を楽しんだ。そして、ルカのおでこにオヤスミのキスをしてあげてそれぞれの部屋へと身を沈めた。
そしていつのまにか眠りに着き、浅い眠りのままに見た明るみを少しだけを増した空に朝を実感する。何だか朝っぱらから胸騒ぎがしていた。まだ肌寒い早朝を、瞳を閉じたままに僕は感じていてた。でも、昨日の夜からずっとあの奇妙なルカの腕が頭に焼き付いてなかなか眠れなかったものだから、鉛のようにまだ体が重い。そう、今もまだ浅い眠りの続きな感覚なんだ。だって囁きかける女の子の声が聞こえるから……。僕は、夢か現実かわからぬまままぶたをはっきりと開けた。そして、何故だか目の前に長い黒髪をまとった女の子がいた。うーん。僕と同じ年くらい……?その女の子は僕にまたがる格好で僕を見つめているようだった。
どうしよう。幽霊か……も?そうに違いない。そうぼんやりと考えながらまたまぶたを閉じて眠りにつこうとする。そして、その幽霊は僕にまたがったままこう言う。
「ユキ君?久しぶりね」
久しぶり……??
僕はだんだん覚めてゆく頭と重ねて、その少女にとある面影を重ねる。
「もしかして……」
サ ク ラ ………… ?
そう、初めは本当に夢なんじゃないかと思った。しかし僕は夢じゃない感覚を、どんどん覚えてゆくと共にゾクッとする寒気を感じた。今はすっかり見開いた僕の瞳はしっかりと彼女を捕らえていた。彼女を見つめていると、彼女はうっすらと微笑みを浮かべて僕の後ろにある窓に手をかけた。そして、窓を空けると勢いよく飛び降りた? え! ここ二階だよ!
僕は体を起こし、慌てて窓の外を見つめると、もう彼女は居なかった。ただ肌寒い空気だけが僕を取り巻いていた。僕は朝からのあまりの出来事にそのまますっかり体が硬直していた。だって、あれ?サクラは昔行方不明になったはずなのに。僕の部屋に居て……。従弟であり幼馴染のようによく一緒にいたものだから顔を見間違えるわけがない。根拠はないが、自信があった。確かに、当時行方不明になった時点では、僕は十歳くらいでサクラは七歳だったけど。でも、あの切れ長の瞳は……間違いない。と、そんなことを考えていると急に部屋、いや屋敷中をとてつもなく大きな騒音で僕を騒がせた。臨時ベルだった。
このベルは地下の研究室で、危険が起こると鳴る。めったに作動しないのだけれど。
でも何が?やっぱりさっきみた夢じゃないサクラ……が関係してる?
僕は大きな騒音に顔をゆがませながら急いで上着をはおり、地下の入口へと足を運んだ。