5本のポール
どうもです。
手柄山駅舎跡の上に立っている5本のポール。
姫路からの車輌が出入りしていた側の駅舎跡の写真を見て
「あの5本のポールはいったい何?」
と思った方も多いのではないでしょうか。
謎?の5本のポールは等間隔に並んで立っていて
その各ポールには上下2つずつの穴が開いています。
1本のポールに開けられた2つの穴の方向は同じですが
5本が5本それぞれ違った方向に穴が開けられています。
今日は写真といっしょにそのポールについて書いてみます。
てなわけで今日の写真は
駅舎跡の上に並んで立っている5本のポールです。
撮影日は2010年 2月21日。
ここから6枚の撮影日は2009年 10月3日。
ポールはこのように5本等間隔に並んでいます。
方向はバラバラですが各ポールには上下に2つの穴。
これは各ポールの真下に行くと穴の謎が解けます。
5本とも説明するのも長くなるのでとりあえず2本。
このポールの根元には 「姫路城方向」 のプレート。
で、そのポールの穴を覗いてみるとその先には姫路城。
(注)レンズを穴に入れて撮影したので周辺がケラレています。
穴が上下2つあるのはおそらく上の穴が大人の背丈用で
下の穴が子供の背丈用だったのでしょう。
このポールには 「名古山方向」 。
名古山とは姫路大博覧会の会場の1つとなった所です。
覗いてみると…
木が生い茂っていてその先(名古山)が見えなくなっていました。
今回はなぜこの5本のポールの事を書いたのかというと
今日、手柄山へ行くとこのポールが壊されていたからです。
これより2枚の撮影日は2010年 3月7日。
がれきの中に5本のポールの残骸。
別角度から。
3月に撮影した写真を見返してみると
3月3日夕方に撮影した写真にポールは写っていました。
そして撮った時は気付きませんでしたが
3月5日夕方の駅舎跡の写真には写っていませんでした。
3月4日は撮影していないので4~5日に壊されたのでしょう。
ポールの謎、といういか理由はご存知でしたか?
立っていた時は特に気にもしない5本のポールでしたが
これも駅舎跡の一部だと思うと残念な気持ちになります。
それではまた。








