第二工場解体終了? | 週刊 姫路モノレール

第二工場解体終了?


どうもです。


3月19日付け3月27日付けのブログ に書いてきました、「船場川」 沿い

姫路モノレール跡と、「船場川」 を挟み並んで建っていたレンガ造りの工場

「山陽色素株式会社 第二工場」 さんが、とうとう解体されてしまいました。


「船場川」 沿いに並ぶ、姫路モノレール跡とレンガ造り工場の風景といえば

数は少ないのですが、これまで鉄道雑誌や廃線跡本に紹介されてきました

姫路モノレール跡の記事に、必ずと言っていいくらい、ここの並びの写真が

掲載されるほどの、絵になる定番の撮影場所でもありました。


実際、自分が初めて姫路から手柄山まであったモノレール跡を散策した時

一番印象に残った場所が、「船場川」 沿いの姫路モノレール跡と並行する

「山陽色素」 さんのレンガ造りの工場の区間だったと思います。


てなわけで今日の写真は

撮影日は画像右下に記載しております。


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レンガ造りの工場が


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徐々に解体されて


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短くなっていき


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なくなってしまいました。


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なぜか?この工場だけが解体されず、真ん中に残されています。


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違う角度から、この残った建物もすぐに解体されるとの事です。

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いつも撮影していた川沿いの工場が解体され、そこに残ったレンガの山。

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工場の門扉手前から


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門扉の横に立てられた工事看板に 「4月30日竣工」 と書かれていますが

瓦礫の撤去とか、まだまだ工事は終わりそうにありません。


いつ頃だったか、このレンガ造りの工場の横を撮影しながら散策していると

道路の対面から、自転車でこちらに走ってくる高校生?くらいの男女2人が

鉄格子のはまった工場の窓を見て、こんな話をしていました。


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男子 「ここの建物って昔、刑務所やったんと違うか?」


女子 「ホンマや、絶対そうやわ。」


「いやいや、それは違うよお二人さん。」 と、自分は言いたかったのですが

2人の男子と女子はそのまま自転車で走り去ってしまいました。

今もあの2人は 「山陽色素 第二工場」 を刑務所だったと思っているかも?


そんな面白い思い出もあったレンガ造りの工場、「山陽色素 第二工場」 も

写真、映像以外では、もう決して見る事ができなくなってしまいました。


これからこの先、初めて姫路モノレール跡を散策しに来る人たちにとっては

モノレール跡と並行していた、「山陽色素」 さんのレンガ造りの工場がない

風景が当たり前となり、普通となってしまうのでしょう。


2004年の5月から姫路モノレール跡の撮影、散策を始めた自分にとって


1984年?に解体撤去された姫路モノレール姫路駅ホーム跡、1998年に

撤去されたJR線を跨いでいた約50mのトラス橋に、2000年に撤去された

手柄山駅舎跡モノレール出入り口開口部に残っていたモノレール軌道跡。


それら全部見た事がなく、ないのが当たり前、普通となっていましたから。


姫路駅跡にトラス橋、開口部へのモノレール軌道跡…、見たかったなぁ。


でもよくよく考えてみれば、自分がまだ姫路モノレール跡に興味なかった頃

モノレール姫路駅跡は国鉄、山陽姫路駅の近くだったし、トラス橋にしても

モノレール跡と並走していた 「大将軍陸橋」 を車で何度も行き来しているし

「姫路市厚生会館」 でプロレス観戦する度、山上駐車場を利用していた。


絶対に3箇所とも見ているはずなのに、まったく記憶に残っていないとは…。


人間て、よほどの事がない限り、無関心な事は記憶に残らないものだなと。


それではまた。