先日、はじめて「メンシプらじお」をリアルタイムで聴いた。メンシプらじおの始まる頃は、いつも何かと慌ただしいため、これまでは、その日の夜遅くか別の日に聴くことがほとんどだった。そして、後から聞くと、緊張感やワクワク感が薄れ、案外集中しておらず、大事なことを聞き逃してしまうこともあった。今回は、その反省から「聴くぞ」という強い決意(?)で、始まるのを待つスタンスで、早めに聴く態勢に入った。
はじめて、リアルタイムで聴く「めんしぷ」は、羽生さんの「よいしょ」「あれ、変だな」「違ったかな」などといった小さな声まで聞こえ、すぐそばで話しかけられているような最高の距離感だ。
私書箱に入れられた質問に答えるという時間や、怒涛のチャット(私の動体視力では、よく読めない)のことばを、羽生さんが拾い上げて応えるというやりとりが、ともかく面白かった。
なかでも、チャットで誰かが「(羽生さんの)顔見たい」というと、これに反応して羽生さんが「絶対イヤダ。顔をみせないからいいんでしょ」という。あるファンが「私は自分の顔見せたくない」という。「そうでしょ、皆は顔見せないのに、僕の方だけ見せるって不公平じゃない」と羽生さん。細かなやりとりは忘れてしまったが、この部分を聴いて、私は思わず声を出して笑ってしまった。羽生さんが、私たちと全く同じ場にいて、こども同士のようなやり取りをしている状況が、何かとても愉快だったのだ。
姿や顔を見せないことで、私たち自身も楽に楽しめる。お菓子を食べたりコーヒーやワインを飲んだりしながら聴いている人もいるだろうし、行儀の悪い恰好をして聞いていても誰も咎めない。あわただしく帰宅電車の中で、イヤホンで聴いている人もいるだろう。羽生さんが、果たして、どんな格好で「めんしぷ」に臨んでいるかと、想像するだけでも楽しい。羽生さんも、自分の姿がファンの目に見えないことで、ずいぶん気が楽なんだろうと思う。
もう一つ、印象に残ったのは、「羽生さんにとって『イケオジ』はだれですか?」というような質問が出た時だ。私は、最初「イケオジ」の意味が分からずうろたえた。けれど、羽生さんが自分の祖父だというのを聴いて、(羽生さんのおじいさまは、白髪で凛としていて親戚の間では羽生さんに似ているとも言われているそうな)、その意味を瞬時に理解した。
「イケテルオジサン?」、つまり格好いい中高年男性のことだと。こういう言葉の意味が分かると、なんだかとても嬉しくなる。後で、嬉々として夫に言うと、「実際の会話では使わない方がいいよ」と言われた。やはり、若い人のことばなんですかね。言葉にもジェンダー(性差)があるとともに、年齢差があるのでしょうね。
「めんしぷ」では、もっと大切なことをたくさん知りました。羽生さんが、商品や店名などの固有名詞を口に出して言うときの配慮について話すのを聴いて、本当に思慮深い人だと思いました。
また、「めんしぷ」の終わり方がね・・・はいこれで、とさっと終われないのですね。いかにも名残惜しそうで、何回か終わろうとしてまた少し言葉を加え・・やっと終わるというかんじですね。人柄が優しいのでしょうね。合理的なようでいて情が深く想いが強いので、こうしたファンだけがいる空間では、気持ちの方が時に強くでるのだろうと思いました。
「めんしぷ」を隅から隅まで聴いて、本当に楽しい時間だったし、羽生さんをより深く知ることのできる場なんだとも思いました。そして、ファンの愛情が深く強いのとおなじくらい、羽生さんもファンを、「様々な個性をもった人格」として、時に真剣に、時に楽しく関わろうとしてくれていることも、よくわかりました。本当に、メンシプは素晴らしい!これからは、万難を排して、リアルタイムで聴こうと思いました。次回が楽しみです。
羽生さん、
メンテナンスが思い通りにできますように。そして、また新たな羽生さんのスケートが見られることを楽しみにしています。