「Gift」、素晴らしかったですね。東京ドームには行けなかったけれど、神奈川県内の映画館で、ダイナミックな光と音に全身を包まれながら、まるでドームにいるような臨場感を十分に味わえました。映画館のスクリーンで、最初に目に飛び込んできたのは、ドームの中央に造られたアイスリンクと、びっしりと埋め尽くされた観客席でした。羽生さんは、こんなにも愛されているんだと思いました。
ヒューマンな物語
羽生さんの紡ぐ物語は、「できないことをできるようにしよう」と、消耗し苦悩しながらも努力してきた自分を語ることから始まる。そして、その物語は、「もうできない、疲れた、こんな僕のこと誰が分かる?一生分からない」と、絶望的なまでに孤独だった自分が、「でも一人じゃないことも見えてきた」と思うに至る、羽生さん自身の心の旅にも似た経験がベースになっているように思われた。その物語のひとつ一つが、決してフィクションでないことを私たちは知っているし、具体的な出来事と結びつけて想像できる。だからこそ、羽生さん自身の声で語られると、胸が締め付けられるような思いだった。
羽生さんが、私などが想像するよりはるかに強い孤独感を抱えて苦しんできたことを改めて実感させられたし、その孤独感ゆえに、自分と同じように、心が壊れそうになっている人、苦悩している人、もがきながらも前へ進もうとしている人達に向かって、「大丈夫、僕がいるよ、僕と僕のスケートは君たちの味方だよ」という優しい、温かいメッセージを発することができるのだ。
羽生さんは、多かれ少なかれ、人間は羽生さん同様に、苦悩や辛さを抱えながら一生懸命生きているんだと思っている。自分同様に、支えや励ましがあれば「一人じゃない」と気づいたり、がんばったりするものだという思いがあるんだと思う。人間を信じ、人間を愛しているという意味で、とてもヒューマンな魂の持ち主だ。
羽生さんは、自分が悪意にさらされたり意地悪なことをされても、人間とは、基本的に自分同様の存在だと思っているフシがある。だから、支え合ったり励まし合ったり共感しあえたりすると思っているのだろう。
私が、「Gift」として受け取ったのは、そのような羽生さんのヒューマニスティックな人間観と、それに基づいた優しく温かな心だ。
感想の断片
まず思ったのは、巨大なスクリーンがとても効果的に使われていたことだ。特に「ホプレガ」を演じた時だったか、海や山の自然がスクリーンに映し出された映像が大画面いっぱいに広がり、とても美しく迫力もあった。(ただ、これは映画館で見たからかもしれない)。また。羽生さんが黒一色の洒落たコート姿で、「僕」と「君」を演じる場面も、羽生さんの心の中の葛藤や自問自答を視覚的にスクリーンに映し出していて、とても印象に残った。
新たに作ったと思われる衣装は、普通のアイスショーでは着ないような色彩のはっきりした(赤、真っ白など)ものが目をひいた。最初の「火の鳥」の衣装も、最初はド派手だと思ったが、遠くから写した写真を見ると、とても素敵で見栄えがよかった。ドームのような巨大な空間では、衣装が中間色だったり、飾りが小さすぎると、演技中の身体の動きも衣装も、ぼやけた印象になる可能性がある。ドームの大きさの中でも見栄えする衣装をと、工夫されたのだろう。
カッコ良かったのは、adoの「阿修羅ちゃん」を踊ったとき。赤いシャツがよく似合っていて、氷上で、ここまでカッコよくステップを踏めるんだと驚愕!
魅惑的だったのは、「オペラ座の怪人」の、仮面をつけた映像と、演目そのもの。「オペラ座」は、陰影のある孤独な男を表現しているので、やはり心奪われる。
「序奏とロンド・カプリチオーソ」は完璧な美しさだった。音楽との奇跡的な一致において、「バラ一」と並ぶ傑作中の傑作。
これらの総指揮を務めながら、自分自身12曲を滑ったという。普通では考えられないほどの体力と気力だ。最後に、肩で荒い息をしながらも、笑顔でドームを周回して観客に手を振る羽生さんを見て、思わず涙がこぼれた。どんなに大変だったろう。
ありがとう。そしてお疲れ様でした。
2023年 3月1日