今年に入ってからこれが二度目のブログ記事になる。いつになく仕事が忙しいことと、移植から5年目という節目の年に当たるので、かなり精密な検査を行うため通院にかける時間が、とても多くなっていたのだ。それに加えて、羽生さんの情報が日々、驚くようなスピードであふれ出てくる。なかなかブログを更新する時間(私は書くのがとても遅い)が取れなかった。
それでも『蒼い炎Ⅲ‐究竟編』は、何とか読み終えた。究境編は、2016年のオフシーズンから2020年の四大陸選手権までの、試合前後のインタビューを中心に、羽生さんの試合での戦績や、その前後の気持ちなどを年度ごとに綴ったものである。
2023年現在の羽生さんが2019年を振り返る
究竟とは、仏教用語で、「最後に行きついたところ。無上。終極」と言うような意味らしい。そのタイトルにふさわしく、怪我に苦しみ怪我と闘い、不公正な採点に失望し絶望した精神的な苦闘の末に行きついた境地こそ、羽生さんが本書全体を通して語りたかった内容なのだろう。
この本を読むと、羽生さんにとって、最も苦しく、そして苦しいがゆえに発想を変えていく画期となったのが、2019年であったことが分かる。同時代を、羽生さんを応援しながら羽生さんとともに走っていた私たちファンにとっても、2019年は、3月の世界選手権、9月のオータムクラシック、グランプリカナダでの初優勝、その後、NHK杯、トリノのGRF、全日本の三試合を一か月間でこなすハードなスケジュールでの試合など、どの試合も鮮明に記憶に残っているだろう。
大変興味深いことに、この2019年頃のことについて、本書の最後に(p284~)、2023年現在の羽生さんが、振り返って語っている箇所がある。プロになり、ISUから自由になった羽生さんだからこその本音が率直に語られていて、その本音に涙がこぼれた。
ーオータムでは、自分が進化してきているのに、なぜうまく点数に反映されないのだろうと感じて。
ー(2019年の)GRファイナルと全日本は苦しくて、すごくすごく苦しみながら・・・戦っていた年でした。
僕の中で、(2019年の)ファイナルは失うばかりの試合。「勝つ!」と思いながらも心の底では諦めているみたいな試合。
ーファイナルのフリーでは特にやりきって「点数はこんなものか。まあこんな時代だもんな」というのと、「自分がそこまでやりきれてなかったんだな」という反省とか、いろんなことがごちゃ混ぜになりながら。
ーファイナルでほとんど失っていたものを、全日本ですべて失ったという感じ。
ーかつて満点をとっていたジャンプ以上に「良くなっているのにな」という感覚と評価が合わないというのが、どんどん自信のなさにつながっていた。
ISUに属していた時には、自分の感覚と採点結果とのギャップについて、ここまではっきりと言えなかっただろう。それでも、羽生さんの言葉は攻撃的な色合いを少しも帯びておらず、自分への反省も口をついてでてくる。こんな思いを抱えながら闘い続けてきたんだなと思うと、改めて羽生さんの内に向かう強さと健気さが胸をうった。そしてISUに対する怒りを抑えられなかった。
オータムとスケートカナダの間
しかし、こうした採点について感じた違和感よりも、羽生さんにとっては、もっと根源的で重要な精神的な変化が、2019年当時の羽生さんの言葉からうかがえる。
それは、まずオータムのフリー演技に対する不可解な採点から始まる。後半二回の四回転に回転不足をとられ、最初に跳んだ四回転ループでは、GOE4点5点を出したジャッジもいたのに、1点をつけたジャッジもいるなど、GOEが全体的に抑えら、さらに演技構成点も最高で9.15と抑えられていたため、優勝はしたものの、フリーは180・67とあきれるほど低かった。私のような鈍感な人間でさえ、「この採点は絶対おかしい」と強く思った試合であった。しかし、試合後のインタビューで、羽生さんは「最終的な完成形のためにも、もっと難しいジャンプをやっていかなければと思っています」「彼(ネイサン)が最大限までやってきたときに勝てる状態じゃないとダメだと思います。そのためにも武器としての四回転アクセルを早く手に入れなければ・・四回転ルッツもだいぶ使える感覚があるので、順をおって、というのも必要かなと・・・」
などと述べており、これからますます高難度のジャンプに挑む姿勢を鮮明にしていた。
ところが、次のスケートカナダでは、これまでのように難度を上げてこなかった。そこが不思議なところだ。その理由を問われると羽生さんは、「ファイナルに行きたいので勝ちたいという落ち着いた気持ちになったからだ」と答えている。そして、そんな気持ちになったのは、「一週間ほど前のスケートアメリカで、ネイサン・チェン選手の演技を見てからからだ・・・自分は彼のようなタイプではない、自分は自分の演技をしなければいけない、彼にはない自分の武器もあると思うので、それも上手く使っていきたいという気持ちになった」とも言っている。「ネイサン選手の強いというイメージ、彼の幻像みたいなものとずっと戦っていたと思う」という、印象深い言葉も、この時のものだ。
この言葉を発するような心境に至った羽生さんの精神的なプロセスについて、その当時の私にはよく分からなかった。羽生さんがネイサンの幻像と戦っていただけだと気づいたのはなぜか、深く考えなかったのだ。なぜなら、羽生さんが戦っているのはネイサンの幻像であると、私たちは、ずっと前から知っていたように思ったからだ。私たちにとって、羽生さんがネイサンのようにジャンプだけが突出した選手ではないこと、ネイサンより難しい技を美しく演じていることは自明のことだったのだ。羽生さんは、もしかしたら、ネイサンの演技を初めてじっくり見たのかもしれない。なぜあれほど高得点がでるのかと。そして、私たちでさえ知っている、ネイサンの身体の硬さと、その硬さゆえにスピンもステップも、羽生さん自身の方が良いと気づいたのかもしれない。いずれにしても、ネイサンの演技をじっくり見て、自分とはタイプが違う、自分の武器もある、自分自身の、自分らしい演技をしよう、という結論に達したことは、羽生さんにとって、焦りを和らげ自信を取り戻す、大きなきっかけになったのだと思う。このスケートカナダでは、SP109.66、FP212.99 総合322.59 でぶっちぎりの優勝を遂げた。この点数は、3月の埼玉での世界選手権でのネイサン選手のだいぶ盛られた323.42点にあと0.83点に迫っていた。
この後のことは、長くなるのでここまでにしておこう。私としては、羽生さんが自分のスケーターとしての個性・独自性を改めて発見し、ネイサンの幻影から自由になり、自信を取り戻すきっかけが、オータムからスケートカナダの間のことであったこと、その直接のきっかけが、実際にネイサンの演技を見たことであるという、極めて原初的というかシンプルな事実であったことに、なぜか強い感銘を受けたことを書いておきたいと思ったのである。
もちろん、この後のNHK杯、GRファイナル、全日本と、羽生さんは、疲労と予期しないアクシデント(コーチのジスランが空港でパスポートをなくして、SPは一人で練習も試合もこなさなければならなかったこと)により、そして相変わらず再びGOEも演技構成点も低く抑えられるという状況下で、本当に苦しい連戦を余儀なくされた。
本書で取り上げられている最後の試合、四大陸選手権について羽生さんが語った絶望の言葉を一部紹介しておこう。
ーあぁ、どれほどスケートが上手くなっても、どれだけ表現を進化させても、音にもっともっと合うようになったとしても、これ(四大陸選手権)以上決定的に(評価が)変わることは「一生ないんだろうな」と思った。四大陸選手権のバラード1番は、ほぼ完璧なジャンプを揃えた上での演技だったのに、マックスのGOEが出なかった。スピンではむしろ3とか2もあった。何か「そうか」っていう・・・そういう競技なのかって。そういうことしか評価されないんだなという、諦めみたいなものは正直ありました。(そういうことしか評価されない、と言っているときの、「そういうこと」の意味が、よく分からなかっのだが)
史上最高のスケーターと言われる羽生さんに、ここまで言わせるISUに対して、本当に怒りを覚える。それでも、羽生さんは、これからはベースバリューを上げること、新プログラムを作った時に、もっともっと僕自身が自分でいられるようなプログラムでいいんだと思ったという。
恐らく、それが「天と地と」であり、「序奏とロンド・カプリチオーソ」なのだろうし、最終的には、競技の場を「捨てる」という選択だったのだろう。辛抱強く、正しい努力をし続けてきた羽生さんの努力は、競技の場では報われなかったといえる。そう思うと、また泣けてくる。でも、今は、自分らしいスケートをして、それを愛でてくれる人たちの前で披露して、フィギュアスケートの可能性を限りなく大きく拡げている。だから、今は、きっと幸せを感じながらスケートをしているよね。
それを確かめるべく、3月の「ノッテ・ステラータ」を見に行きます。
「プロローグ(横浜のみ)」、「GIFT」のチケットは、最後の最後まで手に入れようと挑戦し続けましたがダメでした。「GIFT」は、会場が大きいので行けると思いこみ、真っ先に「旗」と「オペラグラス」を買い込み、かなり早く届いていました。でも、最後までチケットは届かず、正直かなりへこんでいました。
でも、「ノッテ・ステラータ」公演のチケットが当たり、やはり神様はいた、と正直思いました。ナマの羽生さんを見るのは、2019年、同じ仙台の会場で行われたFaOI以来なので、嬉しいです。