机を片付けていたら、ばさまの介護真っ只中だった時の
覚書日記がひょこっとでてきた![]()
日記の表紙には
『世界でいちばん純粋な日記』って書いてる![]()
はい・・・世界一純粋な少女に、純粋にやりきれない気持ちを綴ってましたわ![]()
三日坊主とはよくいったもんだ。
ほんまに三日しか書いてないか・・・![]()
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っておもってたけど、10日書いてた
えらい!!私!(爆)
はまだようこです![]()
いやぁ~。。自分でいうんもなんやけど・・・
たいへんやったね![]()
いまさらやけど、自分をねぎらったわ![]()
かれこれ12~14年前のことだけど、読み返すと当時のことがよみがえって
その当時のことを鮮明に思い出す。。
書いてること…
ばさまの在宅介護期間で聴くも苦痛・・・語るも苦痛![]()
濱田家の黒歴史。。。
いや・・・新しい扉をこじあけるサクセスロードのスタートやったかな
・・・
このころは徘徊がいちばん激しい時でトイレにいく延長線上で
スーッとでかけていったり、ときには壮大に荷造りして
『久宝寺のおばちゃんのとこに行く』と必ず傘
を持ってでかけていってました。
なぜかもれなく傘![]()
最初は引き留めてたのですが、引き留めるのも労力がいるんでね・・・
そのままおでかけしてもらってしばらくたってから追いかけていくということしてました。
どっちに向かって歩いていったかというのだけみといたら20分くらいほっておいても
歩いた方向にいくと必ずいてるので、さりげなく声かけて家に連れ戻してました。
ばさまはお散歩感覚なのでしばらく一緒に歩いてあげると素直に家に帰ってくれてたので助かってました![]()
3人の息子が家にいるときは、ばさまがいなくなると自分たちがしていたこと
途中でなげだしてサーっと自転車でさがしにいって家に連れ戻してくれてました。
まだ3人とも小学生でしたね・・・
またか・・めんどくさいな・・・っておもってたはずだけど、探しにいくもんだと
おもってるのか。。。
イヤな顔ひとつせず探しにいってくれたこと。。。
今おもうと自分に余裕がなかったとはいえ、そういう環境にしてしまってたこと
息子たちに申し訳なくて涙が頬を伝ってきます・・・
言い訳がましいけど、じさま・ばさまが認知症という病で関係が悪くなり
そばでダイレクトにみている私はといえば。。ギリギリな精神状態で。。
息子たちに優しい言葉をかける余裕もなく、キツイ言葉なげかけたり
やたら厳しかったりやったからね・・・
イヤといえない雰囲気を醸し出してたとおもいます・・・
いまさらですがごめんなさい。しか言葉がみつかりません。
仕事で朝早くから夜遅くまで家にいないので夫であり、ばさまの息子である
しゅういちさんが知らん顔してたわけではないです
家にいないということもあるので徘徊の追っかけはあまりしてもらってないのですが、息子たちへのサポートは万全でした。
休日には、子供たちを釣りや登山に連れていったりと
よく遊びに連れていってコミュニケーションをとってくれました。
私が気を配れなかった子供たちにとってのお楽しみは、全部引き受けてくれてました。
息子たちがグレることなく成長したのは、しゅういちさんのサポートがあったおかげです。
介護は嫁ひとりだけでするもんでなく・・・
夫婦で家族で周りのサポートでなりたつものだと痛感します。
そんなん・・・あんたばっかり家で大変な思いしてたんちゃうん??
女ばっかりソンしてるんちゃうん??
って、この文面だけみるとそういう声もあろうかとおもうんですが・・・
いや・・そうおもうのが真っ当な意見やとおもいます。
が。。。当時の我が家が少しでも穏やかに過ごすには
ベストなことでした![]()
ということは・・・これが我が家の家族のカタチだったんでしょうね![]()
振り返ってみると。。。。
その恩恵で、すこぶる父親と息子たちの関係がほんとにいいんです![]()
社会人になった今でもめっちゃ仲良しです![]()
で。あんたはどーやのん。
って話ですが・・・
いろんなこと出来事あって、それぞれクリアしてきて
私が手にいれたものは、
『ミクロの幸せも見逃さない』という感覚![]()
これってね・・・
どこにいっても何をやっても何があってもほんと最強で![]()
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介護を経験させてもらわなかったら手に入れることできなかったやろね![]()
そんなん綺麗ごとやわ
とおもわれるやろね![]()
えっ![]()
そーなん??いがいと簡単かも![]()
はい。。
これからの私のブログを読んでもらったら
そうおもうかもしれないですよ![]()
楽しみにしてくださいね
(笑)



