千葉県にも「小江戸」と呼ばれる場所があります。


香取市にある『佐原(さわら)』です。


佐原は利根川水運の中継基地として栄えた場所で 現在でも川沿いを中心に江戸情緒あふれる古い町並みが残っています。



街並み観光駐車場に車を停めて 川の方へ行くと


すぐに 伊能忠敬像があります。



佐原は 日本最初の全国実測地図を作った“伊能忠敬”とゆかりが深い場所です。



伊能忠敬は 17歳の時に佐原の伊能家に婿に入り 江戸に出て測量を始める前の30年余りをこの町で過ごしました。


伊能忠敬記念館

そこから橋を渡ったところに 佐原在住時代の家が今でも残っていて 自由に見学することができます。






醸造業などを営んでいた土蔵造りの店舗があり 当時の雰囲気を味わえます。



測量に使用した象限儀もありました


"地図を作った人”として知られていますが 測量を始める前も商人として才能を発揮したり 天明の飢饉のときに村人を助けたりと佐原で大活躍をしています。


伊能忠敬の家の入口の門の天井を見ると 焦げたあとがあります。


周りの家は何軒も焼けてしまったようですが 伊能忠敬が村の人のためにに貢献していたために たくさんの人たちが協力して川から水を汲み出し忠敬の家の火を消してくれたそうです。



伊能忠敬が測量を始めたのは50歳で江戸へ出てからです。


49才で家業(米穀の集荷業 河岸問屋)を長男影敬にゆずった忠敬は 理系に関心が強かったことから暦学・天文学を学びました。


その頃 暦学者の間では「地球の大きさ」が問題となっていました。


忠敬は地球の大きさを測ることを思いつき 早速実行しました。


しかし 自宅周辺で行った測量では誤差が大きすぎる事から もっと長い距離での測定を計画します。


これがきっかけとなり 日本全国を実測することになりました。


歴史に疎い私でも 伊能忠敬の名前やその頃作られた日本地図を教科書で観てその正確さに驚いたことは覚えています。


佐原には小江戸の街並みを見に来たのですが ここがあの伊能忠敬の家があるところだとは知りませんでした。


伊能忠敬の家の敷地にある石碑に

忠敬家訓書が書かれてあります。


書いてあることの意味は

第一 かりそめにも人をあざむくことをせず、親を大切にし、兄弟は仲良くし、そして真心を尽くして正直でいなさい。

第二 目上の人はもちろんのこと、目下の人の言うことでも、なるほどと思ったら取り入れるようにしなさい。

第三 慎みをおぼえ、物のいいかたや所作、すべてのことにつけてゆとりをもち、決して人と争いなどをしてはいけません。




改めて伊能忠敬を知ると (今で言う)定年後の功績の凄さ 


そして50歳になってから(当時の平均寿命60歳)全国へ歩いて行き測量をするというエネルギーに驚かされます。