統合失調症〜私の生い立ち③~ | やっこの娘の成長ブログ

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おはようございます。

②からの続きです。


娘はとても育てやすかったけれど、ワンオペでの育児、体重がなかなか増えない、相談相手がいないなど、悩みが尽きなかったです。

たまたま出産の時に知り合った人と病院でばったり会い、育児への不安を言ったら、私で良ければ話を聞くよ、と、メールアドレスを交換し、お互いにどんな様子なのか、話をしました。

娘が1歳の時に保育園へ預けて仕事復帰しました。


私は出産後、幼少期を思い出し、1人で育児を頑張ろうと思い、里帰りしなかったのですが、後に両親に少しでも頼れば良かったと後悔しました。


仕事復帰したものの、娘の急な体調不良のため、思うように仕事ができなかったり、訪問時間に間に合わない、訪問を忘れたなどでミス連発でクビになりました。

当然です。

何社か、訪問介護の事業所の面接を受けるも、子供が小さいため、不採用続き。

介護は諦めて、育児に理解のあった一般企業で働くことにしました。

が、慣れない仕事に上から厳しい目で見られ、怒られてはゴミをまとめたりの雑用に回されました。

この頃に何かおかしい……と、精神科へ通院するようになりました。


介護の仕事に戻りたいけれど、娘が小さいため、戻れないもどかしさを感じながら、ハローワークで事情を話すと、市外で会って話をしてみたいと言ってくれた事業所があり、面接を受けました。

採用していただき、再度、介護の仕事に戻ることができました。

楽しいハズの仕事だったのに、ストーブの灯油を入れる時に灯油をこぼした、お風呂の水を入れたまま帰ってきたなど、ミスを繰り返して、私には介護の仕事が向いていないんだと意欲を失い、また、幻覚に襲われて仕事どころではなくなり、体調も思うようにいかず、病院から早期退職を勧められて、退職しました。


精神科では病名について教えてもらえず、薬を変えて欲しい旨を伝えても変えてくれない、調子がどんどん悪くなるばかりで、私はお薬手帳を持って、掛かり付け医の内科で何処かおかしいのか?と聞いて、薬を変えていただき、暫く内科へ通院していました。

この時は鬱病と言われていました。

調子は良くなったり、悪くなったりを繰り返し、2年ぐらい経った頃かな?

精神科へ転医して、病気をしっかり治したいと、紹介状を書いていただき、市外の先生が勧める精神科へ通院しました。


娘は小学生になり、高学年となった時に子供会の役員、大役になり、私には無理と思う気持ちで、寝ても覚めても動悸に襲われるようになりました。

次に通院した病院は依存しないために弱い薬を処方するのをモットーにしていました。

一時は良くなった動悸でホッしましたが、暫くするとまた、襲われて落ち着きませんでした。

強い薬を希望しても無理と言われ、辛かったです。

この時に統合失調症と言われました。

2年ぐらい経った頃かな?

他の病院へいけば動悸が治る薬を処方してもらえるかも?、と、淡い期待で紹介状を書いていただき、転医しました。


子供会の役員がこの頃に始まり、何をどうしたらいいのか分からず、私を敵意する役員がいました。

丁度、コロナが流行りだし、行事は全て中止。

その代わり、子供会の合併の話が出て、話し合いをするも私はどう話を進めたらいいのかが理解できず、他の役員からも敵意にされ、孤立しました。

大役をしていることもあり、私のせいで話をまとまれない、台無しにするのだと、責任を感じ、自◯行為をしました。

病院で話をしたら、困ったらきなさい!と言われました。

私は人の話が理解できなくて、何回か説明してもらったりしないと分からないのです。

理解できずに終わることもあります。

悩みを言うと薬が1錠、また1錠と増えるも動悸は治まらず、気付いたら薬が1度に10錠飲むことになっていました。


           ④へ続く〜