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tomorrow〜scene28〜
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「先生、お世話になりました」
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岡山に帰る少し前、心療内科の山田先生の元を訪れて、地元に帰る事を話しした。
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「いいと思いますよ。環境を変える事が明日美さんにとっていい方向に変わるといいですね。岡山の医大病院に、私の知り合いの先生がいるんで、もし何かあったら、その先生にかかって下さいね。紹介状書きますね」
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いつもと同じ、優しいトーンのゆっくりとした口調。
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先生に見送られて5階の診察室を出てエスカレーターを降りると、毎日のように通ったリハビリセンターが目に入る。
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「明日美さん?」
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不意に名前を呼ばれて振り返ると、顔が見えない位のたくさんのファイルを抱えた山田さんが顔を覗かせた。
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「久しぶりですね」
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「はい…ご無沙汰してます」
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「今日は…?」
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「山田先生のとこへ。私…岡山に帰るんです。なんで、それを伝えに…」
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「そうなんですね。…僕も、山本さんから連絡もらいました」
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「…はい」
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『岡山…ですよね…』って呟いた山田さんの腕に抱えられてたファイルと、分厚い本。
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そのタイトルは、
【スポーツ選手における…パフォーマンスの向上と基本動作と治療アプローチ】
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【二度と怪我をしない体作りの…】
って書いてあった。
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私の視線に気づいたのか、『これっ…』って抱えてた本を一冊手に取ると、私に向ける。
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「僕、今まで一般の患者さんが怪我をして、『歩く』『立つ』『走る』って基本動作の回復をサポートしてきたんですけど。
山本さんの事…どうしても諦められなくて。
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山本さんにとっては、『歩くこと』『走る事』と同じラインで『踊る事』なんですよね?
なんで、今、勉強中です。
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スポーツ選手が怪我から復帰するリハビリがそれに近いって教えてもらって、とりあえずかたっぱしから資料かき集めて…。うちの病院の資料室に、参考になりそうなのいっぱいあったんで、持てるだけ持ってきたんです。
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まぁ、本人が『がんばろう』って思ってもらえなきゃ元も子もないんですけど。
でも、僕が知識をつけて、しっかり説得しようって思ってます。
こないだは『もういいです』って言われちゃったんですけどね、でも絶対諦めません!結構こう見えて、しつこいタイプで…」
そう笑った。
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「山田さん?何で…そんな」
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だって、担当してる患者さんは彰吾一人なわけじゃない。 それに、看護士を目指して、夜は学校にも通ってる。 家族だっている。そこまで彰吾にこだわる理由がわからんかった。
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「ん一。理学療法士としてやれる事、全部やりきったって、今の僕はまだ言えなくて。 それは、自分のポリシーに反するんです。
『ポリシー』…何か、かっこいいでしょ?(笑)
『最悪だって思うことに直面したからこそ、得られるもの』それが何なのかわからないまま終わるのは、違うって思うんで。
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それに、山本さんが踊ってるとこ、見てみたくて、僕。
だって、ものすごい数の人が山本さんのダンスを『すごい』って言うんでしょ?こないだメンバーの方、そう言ってたから。 そんなの聞いたら、見てみたいじゃないですか、踊ってるとこ」
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「…」
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「岡山に帰ってからも、僕、おっかけますからね、しつこいんで(笑)じゃあ、これ今から読もうと思って」
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私に小さく頭を下げると、重たそうな資料を抱えて早足で廊下を真っすぐ進んでく。
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『彰吾が踊ってるとこを見たい…』
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その時、鞄の中のスマホが震えだす。
慌てて病院から出て、掛けなおすと賑やかな音に混じる彰吾の声。
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「明日美?たかひろさんのラーメンさ、岡山帰る前に行っとこうや」
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「あっ…ん」
「タクシー使えよ、ええな?」
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「ん、わかった、ありがと」
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病院の前に止まってたタクシーに乗り込んで約束の場所を目指す。 辺りはもう暗くなってきてて、街の灯りが、眩しかった。
これも見納めかなって思ったら、何か少しだけ寂しくて。 何も持たずに上京してきた時の事を思い出す。
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ビルで切り取られた空を見上げるのが好きだった。 生きてきて初めて見た空だった。
『キレイ』だと、昔は思ってた。
それは憧れてた場所でがんばる自分が誇らしかったから。
今の私は違う…。
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「着きましたよ」
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「あっ、ありがとうございます」
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タクシーを降りると、高層ビルが立ち並ぶオフィス街で。 田﨑さん、今日はここでお店を開けてるらしい。
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『彰吾どこやろ…』
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あたりを見回すと、彼を高架橋の上に見つけた。
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…彰吾が、踊ってた。
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…next
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