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tomorrow〜scene26〜
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「これ、何?」
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開かれたリビングドアの向こうには、口の開いた段ボール箱がいくつか転がってて。
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部屋の中…彼女のお気に入りのポスターやインテリアはもうそこにはなくなってた。
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「引っ越しするん? 明日美さん」
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「ん。岡山帰るん、私。」
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「はっ?」
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何も聞いてない。 何かの冗談としか思えなかった。
『ウソに決まっとるやん、壱馬くん、すぐ本気にするん、オモロイわー』
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いつもみたいなそんなやりとりやと、疑わんかった。
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15人で迎えたツアーの初日。
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『これがベスト』なんてとこからはほど遠い気がしたけど、でも今できる全てを全員で出し切った。
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メンタル的にも、体力的にも限界なんて当の昔に越えてる気がする。 なんとか初日は終わったけど、今週末には、福岡でのライブも控えてる。
そんな中、訪れた彼女の元。
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束の間でいい、アーティスト川村壱馬じゃない時間を過ごしたかったのに。
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「別れて?壱馬くん」
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「ちょっ、待って。どういう事?何でそんな引っ越しとか勝手に決めたん。俺に何か言うてくれたって…」
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「『忙しい』って『時間は取れん』って言うたん、そっちやん」
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「やっ、そりゃ、それどころじゃ…」
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「あの時、相談したかった。聞いて欲しかった。でも、壱馬くんは聞いてくれんかったやん」
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俺を責めるそのとげのあるセリフに、『こっちやってどんだけ大変やったか…』って思いがこみ上げる。
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「仕事やし!遊んどるわけやない!わかるやろ? それ位」
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「それでも会いにきてほしかった!あん時に電話してきてほしかったん!」
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「やからっ!」
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「私は、『会いたい』って言うたら、すぐに会いにきてくれる人がええの!
夜中でも、連絡したら繋がる人がええん!やから、壱馬くんやないん!」
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「本気で言うとるん? そんなん」
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明日美さん、そんなん言うた事1回もなかったやん…。
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「週末には岡山帰る! もう決まったん。それは変わらんの。やから、もう終わりやの!これ、荷物持って帰って。まとめといたけ」
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受け取ろうとしない俺の胸元、押し付けるように渡された紙袋がグチャって形を変える。
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「最悪やな…。最低やで…明日美さん」
もう俺が何を言うてもあかんて事やん。
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なんなんそれ…。何でそうなったかの理由すら全然わからん。
それすら、教えてもらえんって事?
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「疲れとるのに、せっかく時間とってわざわざ来て、そんなん言われるとか…。こんなんやったら、家で、寝とけばよかったわ…」
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背中を向けた彼女に、頭に浮かぶままのセリフを投げつけて、アパートのドアを引いた。
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ガシャンってドアが閉まる音がすると、何もかもこれで終わりって言われてるようで。
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「ふふっ、しょーもな。あほらし」
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自分に対して…彼女に対して…。
一緒に積み上げてきた時間に対して。
全てが、しょうもない…って思えた。
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グシャって潰れた紙袋が、なんか、俺みたい…。
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明日美 side
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『お互い、プラスになるような関係性でありたい』
私たち2人はそうだった。
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今の私は、壱馬くんのプラスにはならない。
心配かけて、負担になる…でしかない。
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『別れたい』そう壱馬くんに言われるのは、耐えられそうになかったから、自分から切り出した。
彼を一方的に拒絶して、突き放した。
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こうするしか、私にはできなくて。
話せば話すほど、決意が鈍る自分がわかるから。
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私はズルい…。
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一緒に過ごしたのは、たった半年ちょっと。
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彼との春を私は知らない。
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来月には、パステルカラーの洋服を着て…髪の毛は明るい色に変えて、メイクも桜色に。
桃味のスムージーを飲みながら、手を繋いで桜を見に出かける。 そんな春を楽しみにしてた。
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「春…今年は来んでええわ。
桜、『今年はお休みします』とか、言うたらえぇのに」
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テーブルの上に置いてある鏡に映る自分はめっちゃ泣いてたけど、そんな横暴な思考にたどり着いた事が、『まだ、大丈夫』そう思えた。
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「私、めっちゃ自己中な事言うてる…」そう口角をあげて呟くと、ポロポロって涙が零れた。
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「ごめんな…壱馬くん」
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