if…〜scene12〜
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「『美しい明日が訪れますように』そう願って、お父さんと一緒につけたの」
そう教えてもらった私の名前。

明日なんて来なきゃいい…。
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「ただいま」

点いてる灯りは玄関の小さいオレンジだけ。
最終の電車で帰っても誰もいない。
お母さんは深夜パート。お父さんは…また飲みに行ってるんだろう。
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小さい車の部品工場…これが私の家。
工場って言っても、もう今はそこには何もない。
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私が高校の機械科に入学したタイミングで、お父さんは仕事中の怪我が原因で、働けなくなった。
それから、あんなに真面目で優しかったお父さんは 朝からお酒を飲んで、パチンコ。
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必死に働いてるお母さんの財布から、僅かなお金も奪ってく。
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将来、お父さんと一緒に仕事が出来たら…そう思って選んだ高校。 
『何の意味もない…今、私がやってる事』
授業中ずっとそう思ってる。
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「離婚しなよ!」
そうお母さんに詰め寄った事もある。もう限界だった…。
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 「お父さんね、病気なんよ。若年性アルツハイマーなんやって。 こないだの怪我も…それが原因なんよ。 
お父さん、自分の病気の事知ったばっかで、動揺しとるだけやから。もうちょっとしたら落ち着くけん」
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 病気?アルツハイマー? 詳しい症状なんて知るわけもない、これからどうなるのか、ただ不安だった。
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「お父さんの事が、好きで結婚したんよ、私。やから死ぬまで一緒におりたいんよ。…ごめんな、明日美」
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通院費、工場の借金。
今まで専業主婦やったお母さんに払える金額やとは思えんかった。 
でも「大丈夫やって。お母さん何とでもするけん。明日美は気にせんでええから」
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いつもと同じように掌から余るような大きいおにぎりを作りながら、「大きすぎやな、これ(笑)」って必死に笑ってた。 
それを見たらそれ以上何も言えなくて。
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「わかった。バイト始めるわ。私も、がんばる」
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「ありがとね。でも学校で寝たらおえんで?(笑)」
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「わかっとるっ(笑)」私も精一杯笑ったと思う。
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2人で頑張ってた。…なのに。
高3の冬。来月には卒業式、そんな寒い日。
お母さんは死んだ。

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無理して働いて、自分だって病気だったのに、誰にも言わずに…。
娘の私にすら、言ってくれんかった。 
病院行ってたら…ちゃんと治療をしてたら…こんな事に。
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「お父さんの事、お願いな」 最後の言葉はそれだった。 お母さんの頭に最後に居たのは、私じゃない。
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『…アイツに殺された』
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「お金はちゃんと毎月払います。 この人の事お願いします」
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親戚のおじさんに頭を下げて、お父さんを預かってくれる施設を探してもらった。
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余命は10年位。病気の事を調べた時そう知った。
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後10年…。
『お金を払えばすむ』 
…私は、娘である事をを捨てた。
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高校の卒業式の日。
小さいキャリーケースと、前日にもらった最後のバイト代を握りしめて東京への夜行バスに乗った。 
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どこでもよかった。
何の為に生きていけばいいのかわからなくて。
明日なんて、来なくていい…本気でそう思ってた。
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バスに乗ろうと向かった岡山駅。いつもの場所に、彰吾の姿がなくて。 
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『逢いたかった』『いなくてよかった』その二つの気持ちが交錯する。
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何かを伝えたいわけじゃない。
引き留めて欲しいわけじゃない。 
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でも…もう一生逢えないって思ったら、そこで踊ってる彰吾を…一目だけでも、そう思った。
夢を追う輝きを目に焼き付けたかった。

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早朝降り立った東京。
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やりたい仕事なんてない。 できる仕事なんてない。ふらふら歩いてた街で、好きなテイストの洋服のお店に自然と足が向いた。 
そこで見つけた『スタッフ募集』の張り紙。
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「あのっ、これっ…」
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社長がたまたま店に来てたタイミング。 スタッフに欠員が出たタイミング。 そんな運が重なって、即採用。
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「履歴書とか…」
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 「そういうの、いいわ。その恰好見たら、うちの店にぴったりだって、思うから」 って笑ってた社長。
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「ご両親…この事知ってるの?」
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用意してもらった部屋の鍵を私の手に落とすと「いや、誘拐だの、拉致だの新聞沙汰になったら困るから。 だって、未成年でしょ?」って私を上から下まで見ると「どう見ても10代だよ?」 って笑う。
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「母は、先月亡くなりました。父は…いません」
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「…そっか」
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後々何年か経って、
「『嘘』ってすぐにわかったけど、『この子、今手放したら死ぬんじゃないか』って思った。死なれたらさすがに後味悪いだろ」って社長は教えてくれた。

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毎月決まった日に、お金を振り込む。
その約束は必ず守る。
それはあの人の為じゃない。
『お母さんとの約束』だから。
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やっと5年が経った。
後5年。
その日をただ待ってる。
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あの人が死ぬのを。
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…next
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次回より、現代に戻ります。himawanco
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