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Hummingbird〜scene2〜
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「「あっ…」」
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お互い、同じタイミングで発せられた音。
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「凜子ちゃん?知り合い?」
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「やっ…初めまして…初めましてですよね?」
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そう言われて「あっ…はい」そうとしか言えなかった。
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壱馬と一緒にいた人。…違う?
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「えっ、あっ、初めまして。各務凜子と申します」
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『やっぱりそうだ、≪りんこさん≫って壱馬が呼んでた』
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忘れるわけない、あの日の事。
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差し出された名刺と、《NEWOPEN に密着》って表紙のつけられた資料。
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「ライム、紹介する。うちの姪っ子、凜子ちゃん」
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「ライム?」
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不思議そうに私を覗き込む大きな瞳。この瞳を忘れる訳なかった。 本当にキレイな人で。相変わらずキラキラしてて。
『仕事出来ます!』って自信に満ちてるように見える。
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「あっ『來たす夢』って書いて、『ライム』って読みます、こんな字で…」
手元にあったボールペンで書いた私の名前。
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「素敵。いい名前ですね、かっこいい!」
大きな目をさらに大きく開いて、興奮気味にそう伝えてくれる。
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『かっこいい』なんて言われた事は初めてで、「あっ、ありがとうございます」ってそう返事するしかできなかった。
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「あのっ、ライムさん?どうですか?
うちの雑誌で、オープンまで追わせてもらえませんか?シュークリーム、この間食べました。ほんと、おいしかった。たくさんの人に知って欲しいって思うんです、…だめですか?」
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「あの…すみません。そんなオシャレなお店にするつもりじゃなくて。雑誌とか…そういうので取り上げてもらえるような感じじゃ…。それにまだ詳しい事とか何も決まってなくて」
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「だからいいんです!オシャレなケーキ屋さんなんて、どこでも取り上げてるし。
私、 そういうんじゃなくてっ、とにかく、あのシュークリームをたくさんの人にって思って。 何も決まってなくていいんで、何もないとこからを追っかけるから意味があるんで。お願いします!」
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必死にそう伝えてくれる事に、気持ちが動いてくのを感じてた。
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その時、お店のドアがカランカランって聞く音がして「すみません、遅れました」って、スーツ姿の直人さんが飛び込んできた。
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『お前は、社交性ゼロだから、俺も同席してやる。もしかしたら騙されてるのかもしれないし』
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心配されてるのか、ディスられてるのかはわからないけど、今回の雑誌の話があった時にその話しをしたら『俺も行く』ってもうその一点張りだった。
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お店をやめてからもこうやって連絡をくれて、私の心配をしてくれてる。
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「遅れてすみません、あの…僕っ、片岡…えっ?凜子?」
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「…直人?えっ?本物?」
2人が目をパチパチした後、発した言葉は重なった。
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「「やばっ(笑)」」
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シンクロするそれ、次のタイミングでふふって笑ってる2人。
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「雑誌って凜子が?」
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「そう、私、出版社で働いてるの。」
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「マジで?えっ!ほんとに?」
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「夢だって言ったでしょ?自分の言葉で何かを伝える仕事に就きたいって」
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「本気だったのか、あれ…」
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もう、周りにいる私や、おじちゃんおばちゃんはおいてきぼりで、2人でひとしきり盛り上がる話。
ぽかんとしてる私に気づいて、直人さんが隣にストンと座った。
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「あっ、えっと…ごめんごめん。凜子ね…隣に住んでたの、うちの。
小さい頃さ、うちはさ、誰もいない事とか多くて、凜子んちで晩御飯ごちそうになったりして。
凜子、 一人っ子でさ、親父さんは男の子が欲しかったみたいで、キャッチボールの相手とかよくしてたの。
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凜子ともよくやったよな? こいつチョー下手くそでさ。まっすぐボール投げれないの(笑)
『真面目にやってる? それ』なレベル」
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「ちょっ!直人!いつの話ししてんのよ!」
そう2人の話をしてくれる直人さんの顔が緩んでて。初めて見た、そんな風に昔の話しをするの。
いつも『戻りたくない』『思い出したくもない』そんな風に言ってたから。
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「凜子、ほんとにお前にライムの事任せて大丈夫?」
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「もちろん、任せて。これでもね…結構仕事はできる方で、社内でも有名(笑)」
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「や…ごめん、それ信じられない(笑)」
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「直人!」
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「ふふっ(笑)ウソだよ。ん…凜子なら信用できる。
ライム?大丈夫、俺が保証する。
凜子なら、大丈夫だから」
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「じゃあ、お願いします」
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直人さんがそんな風にいうなら大丈夫って、私もそう思えたから。
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『仕事ができる』もちろんそこも大切だったけど、それよりも、『凜子さん』って人が信用に値する人だって、そう思えたから。
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『大切にしたい出逢い』だと感じた。
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.…next
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