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simple〜scene17〜
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翌日の仕事は昼から。
『行ける!誤解を解かな!』
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慣れない早起きして向かったケーキ屋さん。
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そこには『毎週水曜定休日』と描かれた看板がぶら下がってた。
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「はぁ…」
もうタイミングに見放されてるこの感じが不穏っていうか、なんとも言えなくて。
昨日からマジなんなん?って。
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その夜…終わったんは26時。
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正直、横になればすぐに眠れる位やった、明日も朝早い。
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それに、あの街に足を踏み入れるのは、躊躇った。
やっぱり、苦手やし…あの、造られた灯り。
キレイとは正直一ミリも思えんかったから。
『偽物』てそんな風に思ってまう。
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でも、今はそんな事を言うてる場合やない。
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話を聞いてほしい、ただそれだけ。
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『2時やぞ』
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まだ、赤々と灯るニセモノの明かり。
酔いつぶれた、いい年した大人…。
その隣に座るのは、まだ10代やろ…みたいな女。
短いスカートに、下着みたいな洋服。
スマホ片手に、酔っぱらったおっさんの膝に触れる。
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『見たくない…知りたくない』ってその思いが抜けていかん。
あれがもし來夢やったらって…。
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相変わらずのキャッチの鬱陶しさを、何とか交わしながら着いたその店の前。
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「あのっ…」
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入口にいるスーツ姿の男に声をかけた瞬間、後ろからがっつり掴まれた肩。
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「お前何してんだよ」
そのとげのある言葉に振り返ると、見覚えのある顔。 決していい印象ではない。
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「や…」
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「俺、言ったよな。お前は自分の場所にいろって。ライムに近づくなって」
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ぼそぼそ呟くように発せられたその言葉は、こないだと同じように、怒りを含んでるように聞こえた。
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「俺はっ…來夢いるならっ!」
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「マジ頼むわ。遊びなら、他にもっといるだろ? ライムじゃなくなって…」
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「遊びやない!」
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「お前、金も、地位も、何でも持ってんじゃん。女もいんだろ?」
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「俺はそんなんはどっちでもいいです。金も、地位もっ。欲しいんはそれやない。
來夢…やっぱり誤解して…、それをちゃうんやって言いにっ!」
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ぐって握られた胸元。 その手は震えてた。
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「直人さん!」
止めに入った黒服を「黙ってろ!」って制すると、ビルの奥の壁に俺の背中は力いっぱい押しつけられた。
怒りの行き場を失って震える掌。
それが向かう先は…俺。
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「俺言ったよな…?
お前は確実にあいつを傷つけるって。だから近づくなって」
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「っ...」
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「傷だらけだよ…どうしてくれんの?
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…お前、マジで殺すよ?これ以上ライムに近づいたら」
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温度を持たないその冷たい瞳。
本気で殺されるかも…そうとすら思えた。
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店の前までひきずられて、止まってたタクシーに押し込まれると、ボンボンって車体を叩く音。
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『行ってくれ』ってその合図。
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静かに走り出した車内からは、眩しい位の灯り。
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『傷だらけ…』
ぐっと掌を握った。
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來夢side
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『直人さん、表にまた…』
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『ほっとけ』
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『ライムさんには…』
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『言わなくていい!!』
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『…はい』
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バーでのあの再会の日以来、直人さんと、最近入った新人のボーイの子のやりとりが、毎日のように耳に入るようになった。
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『壱馬が来てる』…直感だった。
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「あのっ、ライムさん。店長には口止めされてるんですけど…」
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お見送りの後、店の前に立つその子にそっと耳打ちされた。
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「あのっ、…ランペのカズマですよね?いつも…」
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「えっ?ん?…私には関係ないから」
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「でもっ、毎日ですよ?『ライムいますか?』って…」
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「ん」
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「ひょっとして…彼氏さん?」
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「違う違う。彼女いるから、あの人」
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「…それ、本当ですか?あんな毎日来て、結構長い時間いるんですよ?ずっと何も言わずに。
『ライムさんはいません』って言ったら『そうですか』ってそれ以上は何も言わないで…」
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「ごめんね、色々気遣わせて。でも、何でもないの。そのうち来なくなるから。暇じゃないだろうし」
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「ライムさん!」
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「ん?」
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「俺にはっ…、遊びとかそんな風には一ミリも見えませんけど」
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「ん、そうだね。遊びってタイプじゃないかもね。でも、私は逢えない。…席に戻ります」
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まだ何か言いたげな彼の隣をすっと抜けて、いつものお客さんの元へと向かう。
座席につくや否や伸ばされた手は、膝からゆっくりあがってくる。
その手の感覚に、無意識に目を瞑った。
いつもの事、慣れたはずなのに、その感覚に震える。
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「ライム?」
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「あっ、すみません。水割りですね」
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扉を開けて駆け出せば…、受け止めてもらえるんだろうか。
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今、私がやってる事は、彼には受け入れられない。壱馬はそうだ。
…そうであって欲しい。とすら思う。
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でも、認めて欲しい…。
彼女がいたっていい。
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…嫌いにならないで欲しい。
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もう、逢いたくないってそう思うのに、私は矛盾だらけだった。
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