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simple〜scene5〜
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「ライム、今月売上ダントツじゃね?」
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「がんばりました!もう、これ以上は無理です、私」
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「そう言わずにな、来月もがんばれ!」
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働き始めた時は、オープンからラストまで。
とりあえずの生活ができるようになるまでは割と早かった。
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仕事は仕事…って割り切って。
お金の為だって、飲みなれない種類のお酒もがんばって飲んだ。
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社交的な性格とはお世辞にも言えない私。
『笑顔』それが、何より苦手だった。
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「ライムは別にキャッキャッしなくていい。そんな売り方しないで大丈夫だから、俺に任せとけ」
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キャッチだった直人さんが、ボーイとして店内にいてくれるようになってから、お客さんを選んで私につけてくれる。
その頃から売上があがるようになった。
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大きな会社の役員とか、派手じゃない子がタイプだとか…そんなお客さん。
まぁそうは言っても、キャバクラに来てる位だから、下心はもちろん込みなわけで。
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『ここは我慢しとけ、な?あの人に気に入ってもらえたら、勝ちだから』
そう言われたらもう頷くしかできなくて。
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分厚い掌で、スリットの隙間から手を入れられて…。ぎゅって瞑った瞼。
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『我慢…我慢』そう何度も繰り返した。
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仕事で嫌な思いをしたそんな日は、仕事帰りに直人さんがコンビニで、アイスを買ってくれて。
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『がんばったな、お疲れさん』って2人でコンビニの駐車場の車止めに座って、それを食べたら嫌な事も、少しは忘れられる気がした。
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「夢…そろそろ踏み出してもいいんじゃないか?」
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借りたお金を返し終わったのが1年後。
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最後の1万円を返し終わる時にそう言って、私の頭をポンって叩くと「よくがんばったな」 って。
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直人さんに背中を押してもらって、向かったのは、前に差し入れでもらったケーキがとってもおいしかったお店。
初めて食べた時、震えて涙が出る位感動したのを今でもはっきり覚えてる。
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「いいわよ、いらっしゃい」 オーナーのご夫婦は、二つ返事で私を受け入れてくれた。
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「僕が彼女の事、保証しますから、お願いします」 形だけの面接ってその時も、直人さんが立ち会ってくれて。
身元保証人の欄にも名前を書いてくれて、一緒に頭を下げてくれた。
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「よかった、ほんとよかったな。 俺の誕生日には、『ライムスペシャル』頼んだからな。ウエディングケーキみたいなやつ。 塔みたいなでっかいやつ」
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「(笑)わかりました。楽しみにしてて下さいね」
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昼間の仕事が決まったこの日。
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「お祝いしてやる、焼肉行こうぜ」って向かった有名な焼肉屋さん。
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「ほら、食え、これも」ってお皿の上にどんどん乗せられてく高そうなお肉。 お店の外でお酒を飲むことはない私達。
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でもこの日は『お祝いだから』って、2人で乾杯をした。
初めてだった、こんな風に直人さんとグラスを合わす事。
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お酒も入れば、日頃は言わない事も言い始めるのが人間で。
それを私も彼もよく知ってる。
それは自分達も例外ではなくて。
グラスを置くと、お肉をひっくり返しながら直人さんが口を開いた。
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「ライム?あのさ、生きてりゃさ…人間誰だって、色々あんだよ。お前だけじゃない。別にお前は何も特別じゃない。
でもさ…色々あっても最終幸せなら、全部チャラだって俺は思うけど? みんなさ、よく過程が大事だって言うだろ? 俺は違うって思う。
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結果が全て。
最後に笑ってるヤツが、勝ちなんだよ。
だから、俺は絶対そっち側にって思う。今の店をでかくして、一棟まるまる、自分の店で埋めて。金持ちになる」
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ずっと網の上に向いてた視線が、私の方を向いた。
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「直人さんの夢はお金持ちになること?」
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「ん…そうだな。あって困るもんじゃないだろ?
金がなきゃ、手に入らないものもある。
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俺んち、クソ貧乏で。いっつも金の話しばっかでさ、家ん中。 ほんとうんざりだった。
『金さえあれば』って、ほんと物心ついた時からそう思ってる。ほんとに、どんな人生だよって思うけど。
後はな…んー、好きな女の腕の中で死にたい…かな(笑)」
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「ないない、そんなの。漫画の見すぎですよ!」
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「いーんだよ。願望、希望!俺の願い。
まぁ、でも金だな!人生『金』だ!」
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そう言って、少し頬を緩めて。
自虐的なその笑いには、少しだけ影が落ちたように見えて。
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「直人さん?」
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「ほらっ(笑)早く食べないと、炭になるだろ!
こんないい肉二度とおごってやれないから、いっぱい食え」
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お皿に山盛り乗せられてくお肉。
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『この人は、たくさんの《辛い》も《悲しい》も知ってる人』
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だからこんなに優しいんだって、そう思う。
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