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simple〜scene4〜
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「ライムの夢って何?」
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夜働きだして、3ヵ月位たった頃帰りの車の中で直人さんにそう聞かれた。
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私の夢…。
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ケーキ屋さん。
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『幼稚園児かよ』ってそうバカにされた事も何度もあった。
でも、小さい頃からずっとケーキ屋さんになりたかった。まだ幼かった私には、そこは特別な空間で。
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近所にある、小さなケーキ屋さんの前を毎日通るのが楽しみだった。
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そこにいる人、お客さんも、店員さんもみんなにこにこしてて。
ただそれを見てるだけで、ウキウキするそんな感覚。 私もそこに居たいって思うようになったのは、まだ7才とかそれ位。
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高校を卒業して、専門学校に通いながら必死にバイトもして。
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同じ夢を追う人に出逢って、2人で一緒にお店を始める予定だった。
自慢するわけではないけど、『順風満帆だな、私の人生』ってそう思ってた。
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夢がもうすぐで叶う、そこにいたはずなのに。
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「ごめん、ライム。ほんとごめん」
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一緒に貯めてたお金、全部使ったって。
何なら借金まで…。 ハタチそこそこの当時の私には考えられないような金額で。
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でも好きだった…彼の事。本気だった。
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「こんな事言う資格はないのかもしれないけど。
でも俺は、ライムと一緒に店をやりたい。それは変わらない。…だからもう一回俺と…ダメかな?やり直したいんだ」
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そう手を握られて涙を流されたら、責める気にはなれなかった。
この人を今『さよなら』ってそんな4文字で捨てられなくて。
なんなら、『私が支えないと…』ってそう何も疑わずに思った位。
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「とりあえず借金返さないと。俺もバイト増やすからさ」
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「ん、私もがんばるよ」
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「ライムなら…きっと、こっちの方が…」
そう言って彼が私に見せたスマホの画面。
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『この男に騙されてる』そんなの、今なら絶対にわかるのに。
変な使命感に駆られてたこの時の私。
躊躇ったのはほんの一瞬。
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「…わかった」
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私は、自分の体をお金に変えた。
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体も気持ちもすり減っていくのを、自分が一番見ないフリをして。ただ必死だった。
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「はい、150万。とりあえずこれで借金の分は」
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彼に手渡した封筒にパンパン入った一万円札。
ぐしゃぐしゃだったり、破れかかったり…。
私の気持ちを現すみたいなそのお金。
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涙も出ない…そんな空虚感に苛まれてた。
でも感情なんてどっかに置いてかなきゃ、無理だったから。
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「ありがとう、ライム」
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たったそれだけの言葉と一緒に、お金も、彼も…私の夢も、消えてなくなった。
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騙された。ただそれだけだった。
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全部失った私には、東京のビルの灯りは眩しすぎて。
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『もうここには、いたくない』そう逃げようとした

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そんな時、出逢ったカズマ。
真っ直ぐで、夢に向かって頑張ってる姿が、眩しくて…。
自分が失ったそれを持ってる彼が、羨ましくて遠ざけた。
なのに…私が作った壁を、どうやってでも越えてこようとして。
その必死さに一瞬緩んだ感情。
もうこれ以上傷つくことなんてないんだからって。

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彼と過ごした数日間。
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2人でどこかに行くわけでもなく、数回一緒にご飯を食べて、お酒を飲んで、体を重ねた。
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彼の何かを知ってるわけじゃない。
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私の何かを彼に伝えたわけじゃない。
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名前しか知らない。
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.なのに…ずっと、心の隅にいる。
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『來夢…來夢』
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嫌いだったその名前を何度も何度も優しく呼んでくれるその声が、今でも耳から離れない。
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「ケーキ屋さん、いいな、それ。ライムらしいよ!俺はショートケーキかな。あっ、モンブランもいいかも」ってテンション上がってる直人さん。
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「笑わないんですか?ケーキ屋さんて…」
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絶対笑われるって思ってたから。
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「何を笑うんだよ。『こうなりたい』って、そんなちゃんとした夢があるって、すげぇ事だろ?」
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「っ…」
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「それって最強じゃん」
バックミラー越しに合った視線。
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「絶対叶えろよ、その夢」
いつもみたいに目尻に皺を寄せる優しい表情。
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そのキザなセリフに、泣きそうだった。
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…嬉しかった。
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…next
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