your side〜scene3〜




目が覚めた時、俺の腕の中すやすや眠るその姿があった。


『ちゃんとおる』
夢やないって...。

ふわふわしたこの穏やかな気持ちが、妙にリアルで。

よく見たら、年も俺とそんなかわらん位かな。
キツく見えた最初の印象がなんやったん?って思う位で。


長い睫毛、薄い唇。手を添えたくなる頬。

『離したくない』
名前しか知らん彼女に対して抱いた思いは、それ。
ぎゅっと力を込めた腕。
ゆっくり開いてく瞼。



「ごめん、起こした」

「ううん、大丈夫」

「ほんまに、今日東京離れるん?」

「ん、引っ越し昨日済ませたから。 地元に帰るの。最後にマスターのジンライム飲みに行ったら、そこにカズマがいた」

「俺、久々に行ったん、昨日」

「ふふっ、私の事警戒したからでしょ?あなたの事知ってたから」

「ん...」

「大丈夫、昨日の事も誰にも言ったりしない。心配しないで。いい思い出、ありがとう」

俺の腕をゆっくり解いて、ベットから出ていくその体を引き戻した。



「これ...」


ベットの下に落ちてたズボンから取り出して、來夢の掌にのせた。



「どういう意味?」

「ここのカギ」

「だから....私、今日...」

「離したくないって言うたら、どうする?」

「私があなたといて、プラスになる事ある?」

「おってみなわからん」

「そんな曖昧な理由で…」

「曖昧じゃない理由ってじゃあ、何? 好きって言うたらいい?」

困ったような呆れたようなその顔。



「私には、あなたにあげられるものは何もない。 あなたが私に与えてくれるものもない。
...一緒にいる意味なんてある?」

「じゃあ... 体の相性がいいから一緒におりたい。そう言うたら?」


諦めたようにふーっと息をつくと「何それ」そう言いながら掌に乗せた鍵をぎゅっと握った。



もう、來夢を引き留められるなら理由なんてなんでもよくて。


「何も荷物ないんやろ? 洋服は、とりあえず、俺の... あとは適当に...」

渡したクレジットカード。

「カズマ? もうちょっと警戒したら? 色々」

「警戒せないかん女やったら、どんだけ酔うてても、家につれてきたりせん」

「信用されてる? 私」

「自分の目には自信ある」

「重たいっ(笑)」



初めて見る來夢の笑った顔。
そんな顔して笑うんや。 かわいいなんて言うたら怒るんやろうな。





その日の仕事終わり。

誰よりも早く現場を出て向かった自宅。

あんな風に言うてみたものの、そこにおってくれてる自信なんて全然なくて。




開けたドア。
そこにはオレンジの光が灯ってて。
いつもはない、あったかい空気と、いい香り。
そして、「おかえり」って來夢が顔を覗かせた。



「よかった... いてる」

「借りたよ、洋服。あと、下着とか歯ブラシとか買って...」

靴を脱ぎ捨てて力いっぱい抱きしめたその体。

「おった...」

「『おれ』って言ったじゃない」

「それでも不安やった、ドア開けるまで、ずっと...」

少し緩めた腕の力。鼻先が触れる距離。 自然と唇を重ねた。



「ごはん、簡単なものだけど。お世話になったお礼に」

「嬉しい。でも、後でええわ」




体よりも一回り大きい俺の洋服脱がすのなんて一瞬で、ベッドまで待ちきれなくて、ソファの上、そのまま彼女を抱いた。



もう、きっと俺はお前がおらんかったら息もできんと思う。

恋に落ちる、ほんま字の通り。

落ちたんや。




朝起きたら、腕の中におって。

一緒にご飯を食べて、お風呂に入って。

早く仕事から帰れた日には、ベランダで一緒にお酒を飲んで、風にあたって。

体が冷たくなったら、またお互いにぬくもりを求めて、そして眠りにつく。

そんな、普通の恋人同士みたいな穏やかな日常。




そう長く続かない事なんてわかってたはずやのに。

考える事すら放棄してた。











何かを聞いたら、すべてが終わってしまいそうで、名前以外、何も聞けなかった。





…next is last scene