your side〜scene2〜




「こんばんは」

そう言いながら入ってきた彼女。

合った視線。

ゆっくり外されると、いつもの位置に座った。



「ごぶさたしてます、マスター」

荷物を置いて、いつものように出されたジンライムに口をつけた。



今ここで、このタイミングでまた会えた。

これが意味する事って…。

『運命ですね』そんなドラマみたいなセリフ、言うつもりなんてない。







「いい名前やと思う」



俺の口から出たその一言に、グラスを傾けた彼女の動きが止まる。


「來たす、夢。夢が叶いますようにって、そういう意味やろ?いい名前やん」

「それは、夢が叶った人がいう言葉ね」


なんか、鼻で笑われた気がした。

ここまで俺がどんな思いで、どれだけ...


「努力したんや」

溢れ出た感情。
まともに話もした事ない相手に、何をそんなにムキになって…って思うのに、お酒の勢いもあって止められんかった。


「努力できる環境にいたって、そういうことでしょ?」


言い返せんかった。
その通りやって、自分が一番わかってるから。




「マスター、帰ります」


カウンターの上、お金を置いて俺の後ろを通りすぎると、 何の挨拶もなくドアは閉められた。



『このままは…イヤや』

何を言いたいんか、どうしたいんかなんてわからん。

でも、このままやったら、ほんまに二度と会えなくなりそうな、そんな気がして。




飛び出した大通り。

深夜、人通りも少なくなった時間。 その姿を必死に探した。


視界の左奥、タクシーを捕まえようと手をあげてる彼女を見つけた。


「ちょっ、待って」

上げてた手首をぎゅっと握って降ろすと 「何すんの!」って振り払われた。



「暇つぶしなら他あたってくれない?」

投げつけられた言葉と、冷たい視線。
今まで出逢ったどの女にも感じんかったこの感情。


「来て?一緒に」

今度は俺が手をあげて止めたタクシー。
彼女の手を引いて、一緒に乗り込んだ。


「何考えてんの?あなた自分の立場わかってる? これで私が騒いだら…」

「せんやろ?そんな事…」

「かいかぶりすぎ」

「せんて、そんな事。お前は...」


ぎゅっと握ったままの右手。




抵抗する事を諦めたのか、彼女はずっと窓の外の流れる景色を眺めてた。


「さすがに手つないだまま入っていけんから、俺先行くわ。9階、エレベーターの前で待ってる」

そう言い残して降りたタクシー。



その場で逃げてしまう事やってできる時間を彼女に与えた。

きっと来てくれる。
いや、絶対来る。
そんな変な自信があった。



下から上がってきたエレベーター。


俺の目の前でゆっくり開くと、そこにはまっすぐ俺を見つめる彼女の姿があった。

コツコツとヒールを鳴らして俺の目の前。



「何で来たん?」

「待ってるって言った」

「イヤなら、逃げれたやん」

「何を言わせたいの?」
ぐっと細い腰を抱き寄せて、唇を重ねた。





抵抗せんのか...



ストンとベットの上にその体を押し倒すと、黒目の大きいその瞳に俺が映った。

「來夢...」

「私、明日、東京を離れる予定なの」

「えっ….」

「東京、いい思い出なんて一つもないの。 最後くらい私に何か頂戴。 思い出したくなるような、そんな思い出。

... 付き合ってよ、ねぇカズマ...」


俺の首に巻き付けられた腕、重ねられた唇。
ほのかにライムの香りが鼻を掠めて...。



三日月のか細い光が差し込む中、何も纏わない來夢の姿はとてもきれいだった。

強く抱きしめたら、すぐに壊してしまいそうで。

俺の腕の中で浅く呼吸を繰り返す來夢。

成り行きなんて、そんな安っぽい言葉で形容されたくなんかない。



「カズマっ…」そう俺を何度も呼ぶ掠れた声が耳の奥 に響いた。



その声に反応して、俺も何度も來夢を求めた。

背中に回された腕が落ちるまで。




next...