「名前は?」

「來夢」

「ライム?」

「來たす、夢でライム。ふざけた名前でしょ?
大っ嫌い」

3つ席を挟んだ向こう。


空いた席の前。

彼女が飲み干したグラスの中の氷が、カランて小さく音をたてた。




your side〜scene1〜





3ヶ月前...

一人でよく行くようになった BAR。


月に何度か見かけるその姿。
一人になりたくて行ってるわけで、話しかけるつもりなんてさらさらなかった。

気持ちをフラットにできる場所と時間。
大切にしてた。





いつからやろ。

少しずつ彼女の事が気になり始めて。

カウンターの奥から2番目。

飲むのはジンライムを2杯だけ。 長くて細い指をマドラーがわりに、クルクルって氷をなぞって飲む。

俺が知ってるのはそれだけ。




ダウンライトの下。

スマホを触るでも、誰かと待ち合わせるでもなく、左手に頬を乗せて、ただグラスの中身を見つめてた。



「いてるかな...」

そんな事を思いながらドアを開けるようになったのは、季節が夏から秋に変わる、そんな時期やった。



「あっ、おる」

ツアーが無事に終わって、久々に訪れたそこ。 マスターに頭を下げていつもの場所に腰掛けた。



いつもと同じように、その席でジンライムを飲んでる彼女。

髪、切ったんや…..。



長かった髪の毛。 肩に少しかかる長さに変わってた。 なんか、あったんかな...。




こんな風に、彼女の事を気にしてる。 この気持ちって何?

「マスター、帰るね」

飲み干したグラス、静かに置いて席を立った。




俺の席の後ろ、コツコツヒールを鳴らしながら過ぎて行くその影に、小さく声をかけた。





「名前は?」

「來夢」

俺の急な問いかけに、驚くわけでもなく返ってきた答え。



「ライム?」


カタカナで変換された俺の頭ん中。

「來たす夢で、來夢。ふざけた名前でしょ?だいっきらい」

そう言って、ドアに手をかけた。






「來夢?」

呼びかけたその声に、開きかけたドアから手を離して振り返った。




「随分と馴れ馴れしく呼んでくれるのね」


呆れたようなその顔。



「いやっ、ごめっん」

「カワムラカズマさん」




呼ばれた名前。
俺の事...。
  

「大丈夫、ネットにあげたりしないから。じゃあ...」

出ていく彼女を呼び止めることはなかった...。




やめとけ。 頭の中で警戒音が煩い位鳴って。

この場所、大事にしとるんやろ? 追うなって...。








自然と遠退いた足。

もう、来なくなっとるかもしれん。


会いたい?会いたくない?
その答えは何回考えても導きだせんかった。






仕事でちょっと嬉しい事があった、その日。
メンバーとテンション高めで結構な量のアルコールを煽った後、一人で飲み直すかとそこへ向かった。



「お久しぶりです」

開いたドアの向こう。
マスターに挨拶をして、次に目線を送ったのは、彼女の席。



「いてない...」

「最近来てないよ。壱馬が来なくなった頃からかな...」

グラスにビールを注ぎながら、マスターは俺に教えてくれた。


「そうですか...」

少しの安堵と、空いてる席への違和感。


「お待たせ」

差し出されたビールに口をつけた瞬間、俺の右側、重たいドアが開いた。





next...




このお話、3年くらい前にインスタで書いたお話です。
新作に繋がるプロローグ的なお話になってます。
まだ壱馬を描き始めたばっかの頃で、読み返したら、下手すぎて恥ずかしい。
手を加えたくなったけど(笑)あえてこのまま、いきます。himawanco