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sweet home〜scene4〜
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「茜は辞めるの?仕事」
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「んーん。1年休んだら戻ってくる」
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「旦那さんは?大丈夫なの?」
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「まだ話してない…」
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安定期に入った頃、会社の『産休』『育休』の福利厚生について総務の友達から打診があった。
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悩まないわけじゃない。
『3歳までは一緒に』みたいな話し…知らない訳じゃない。
みつごの魂100までっていうもんね。
でもやっぱり私はこの仕事が好きで。
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でももちろん、壱馬くんの事だって、おなかの赤ちゃんだって大切で。
妊娠する前、子供の話しをした時、『欲張ったらええやん』って壱馬くんは言ってた。
でも、その気持ちが今も変わらないかどうかは確認してない。
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リアルに子供が生まれるってなったら、それは変わったかもしれない。
人の気持ちなんてその場になればかわるもんだって思うから。
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1年休んだら、保育園に入れて復職。
まだ生まれてもないのに、今のうちから保育園決めとかなきゃだし。 そう考えたら時間に猶予はなくて。
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お休みの日、『ちょっとお昼寝しよ』って2人で横になったものの、私は全然眠れなくて。
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ちゃんと話しよって決めてたその日。
大事な会議の前の緊張感に似てる。
意を決して準備してた資料を、お昼寝を終えた彼の前に並べた。
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「壱馬くん…仕事の事なんだけど」
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「何?何かのプレゼンでもすんの?これ」
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「ほら、いや…、わかりやすい方がいいでしょ?」
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「すごっ、意外」
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「えっ?」
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「いや、ほら、俺仕事しとんのって、あのフリクションペンの時しか知らんから。
茜さんがどんな感じで働いてるとか知らんし。
ほら、ノリと勢いでいってまうタイプの部分ばっか見てるから、ちゃんとしとるんは…」
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「ディスってる?」
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「いやっ…全力で褒めてる!」
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「そっか、ん(笑)褒められてるのね、私」
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そっか、ならいっか。
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「私はやっぱり仕事はやめたくないの。 お母さんでも奥さんでもない…そんな自分も大切なの…ごめんなさい」
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「何が?何もごめんやないやろ?
『仕事は続けたらいいって』前も言わんかった?言うたと思うで?」
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「でも…そしたら壱馬くん多分色々大変になるよ?」
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「えっ?そりゃそうやろ…、子供生まれるのに大変にならんとか、ないやろ?」
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「大丈夫?大丈夫だと思う?ほんとに?
私さ…もうパニックになるよ? 意味わかんない事いっぱい言うよ?ケンカになるよ?!」
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「(笑)パニックはなるやろな、俺も、茜さんも。 ケンカな…それも多分よけきれんやろな(笑)」
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「赤ちゃんいて、『ほんわか幸せ』ってのとは違うかもよ?」
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「何?何でそんなビビらせるんよ(笑)ん…まぁ、色々あるんやろなって位は想像できる。
簡単じゃないんも…少しはわかってるつもり」
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「そっか…」
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想像してたよりも壱馬くんはしっかり落ち着いてて、たくさんの言葉でまくし立てる私を見て『めっちゃ圧、強いんやけど。いざ生まれてみな分からん事の方が多いんやない?』って笑ってた。
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まぁ、私も子育ては初めてだし…どの位大変かは、実際になってみないとわかんないけど……。
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「俺さ…」
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「ん?」
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「何なら、茜さんより 『お母さんやる!』って位の気持ちでおるけど?」
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「はっ?」
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「いや、生まれたらどっちが『お母さん?』って位、めっちゃやったろうって思ってる。
おっぱい飲ませて…はさすがにできんけど。それ以外は何でもできるやん?
やから、『お母さんよりお母さんな、お父さん』を目指してる」
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「えっ?お母さんより、お母さんな、お父さん?それって、お母さん? お父さん?!」
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「(笑)めっちゃパニックになっとる」
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もう、壱馬くんが言ってる意味がよくわからなくて。『お父さん?』『お母さん?』って頭の中は大混乱。
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向かいに座ってた壱馬くんが、私の椅子の隅にちょこんと割入ってきて。
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「『大丈夫』っていう意味」そう言って笑った。
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「一人でこんだけ資料準備して…、茜さん、やっぱり仕事できるんやなぁ、すごいな」
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「えっ…ん」
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「俺、『仕事やめて欲しい』って言うと思った?
前言うてたやつ、気持ち変わったかもって心配したん?」
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「ん…いや、そうじゃないけど。
いや、ちょっとは心配した。 それに、仕事続けてくけど、赤ちゃんの事もちゃんと考えてるよってそう言いたくて」
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「ふふっ(笑)わかっとるよ、そんなん」
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目の前の保育園の資料をペラペラめくる壱馬くん。
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「茜さんのそういう感じ…。手抜かない真面目さんなん、出逢って3日目位でもう知ってたで?俺。
変わらんな、やっぱり」
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そう言うと私を見てふわっと笑った。
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「俺な、茜さんのそういうとこを好きになったん。
奥さんにしたいなって思ったん。
結婚したいって思った。
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やから『好きや』って言うたんやで?」
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私の頭に乗せられた掌。
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「心配しすぎやで?大丈夫やから。俺がおるやん。
…2人でがんばるやろ、な?」
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