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sweet home〜scene3〜
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「もしもし?壱馬?」
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グラグラする頭。酒クサっ、俺…。
スマホの向こうから聞こえる声は?
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「はい」
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「お前、奥さん連絡したか?俺んとこに連絡来てるけど」
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『奥さん』そのワードにはっきりしてく意識。
電話がマネージャーからって事も、ここでようやく認識。
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『なんやっけ…』
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とりあえず、今いる場所は、仕事用に置いたままにしてあるマンションの…寝室。
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昨日ライブ終わって『ゲームしませんか?』って誘われて…。
テンションあがったまま、ここに来て。 ワインあけて…2本目も。
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「もしもし?壱馬?ってか、顔洗ってすぐ来い!もう下にいるから」
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「えっ?はいっ」
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顔洗ってダッシュで降りてったマンションの下。
車に乗り込むと「ほら、これ」って見せられたスマホ。
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そこには、昨日?いや、数時間前までの俺。
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やばっ。

「奥さんに!ほら、連絡!」

「あっ…はい」
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鳴らしたスマホ。
ちゃんと聞こえる呼び出し音。
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『鳴るやん』
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絶対電源切られてると思った。
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「もしもし」
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「あっ、茜さん?あのっ、お疲れ様です」
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「仕事、間に合ったの?」
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「あっ…ん、大丈夫。今、車の中」
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「わかった。私、まだ仕事中だから」
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ブチって切られて。
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「怒ってた?奥さん」
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「…多分」
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「まぁ、だろうな」
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『当り前だろ』みたいに言われて、もう肩がずーんって重くなる。
開いたSNSには、切り取られてる、ひどい自分と、心配してくれてるたくさんの人の呟き。
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「自宅…でいいんだよな?今日」
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「はい…もう、刺される覚悟で帰ります」
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仕事を終えて、ほんまそれ位の覚悟を持って自宅へと向かう。
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「ただいま」
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いつも迎えてくれる茜さんの姿はない。
仕方ない。俺が悪い。
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そっと開けた扉の向こう。 ソファに座って、カタカタPC触ってる彼女と目が合った。


「おかえり」

「あっ、ん…仕事?持ち帰り?」
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「ん…、今日、早退したから」
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「えっ?何で?何で早退? どっか具合悪いん?赤ちゃん!」
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妊娠してから具合悪いとかなかったし、何かあった?って。 茜さんの隣にぴったり座った。
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「今日、健診だって言ったよ?時間も言ってあった!夕方から仕事だから、一緒に行けるって、壱馬くん先月そう言った!」
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あー、やばっ。 そうやった。
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「前もあったよ?」
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「ん…あった。…ありました。ごめんなさい」
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あん時は更に逆切れまでしたんよ、俺。
マジ最低やった。
今回は、もう逆切れするとかそんなレベルですらない。
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「ごめんなさい。ほんま…それしか言えんけど」
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流れる沈黙。
カタカタってPCの音だけが部屋に響く。
俯く俺の視線の隅、彼女の鞄の中に見えてる正方形の写真。
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今がどんな状況とか、何も考えられずにそれをバッて手に取った。
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「え?茜さんっ?赤ちゃん、どっちか解ったん?どっち?なっ?どっちっ?」
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『次の健診で…わかるかも』そう言われてた。
2人でどっちかなぁってめっちゃ楽しみにしてから。

「壱馬くん?今の状況わかってる?」
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向けられた冷ややかな視線。
「あっ…でした。すみません」
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そう俯くと、「ふふっ(笑)」って声が頭の上からして。
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「これ…」
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俺の持ってるその写真を指さした。
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「チビ壱馬なんだって」
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「男の子?」
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「ん」
そう頷くと、俺に飛びついてきた。
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「うぉっ! 茜さん?」
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「もう、バカ!怒ってるけど、すんごく怒ってるけど!でも、すごく嬉しいし…、もぉ… 嬉しいんだからっ!順調だって。元気に動いてた!」
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『怒ってるけど、嬉しい』
もう感情ぐちゃぐちゃな彼女が、俺の背中をぎゅーって抱きしめると
「壱馬くん、見れなくて残念だったね。ちょーかわいかったんだから」って。
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「茜さん、ほんまにごめんなさい」
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体をゆっくり離して、目を見てしっかり謝った。
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「3回目はないよ!次やったら、八つ裂きだよ!」
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「ん…んっ、覚悟してます」
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「(笑)」
そう笑うと、鞄から出てきたエコー写真。
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『ここが、目で…口がね、壱馬くんに似てたの』って、めっちゃ嬉しそうで。
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その日の夜、ベットに入って彼女の背中を後ろから抱きしめると、背中から聞こえる声。
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「私ね、ちょっとだけ見たの、酔っぱらってる壱馬くん」
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「えっ?」
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「すんごい熱く語ってた、ファンの人について」
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「やっ…あの、俺あんま…ってか全然覚えてなくて」
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「壱馬くんだなぁって思った」
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「ん?」
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「うちの旦那さん素敵だなって思った。コメントくれてるファンの人もみんな優しかったよ?奥さん?お母さん!みたいな人いっぱいいた(笑)」
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「…そうなんや」
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「伝説だよね、一生言われるよ?」
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「ほんま勘弁してって」
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「この子大きくなったら、見せよ」
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そう言って彼女が触れたおなかに後ろから掌を重ねた。
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「全力阻止で!」
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