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sweet home〜scene2〜

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「茜さん大丈夫なの?仕事行ってるんでしょ?悪阻とかさ…」
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メイク中、隣に座る陸さんにそう聞かれて。
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「大丈夫っていうか、いつにも増して元気です」
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「そうなの?女の人って妊娠したら悪阻で食べれなくて…じゃないの?」
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「俺も、それを想像してたんですけどね…、どうやらうちの奥さんは違ったみたいで。 毎日よ一食べてます、ほんまに」
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「ふふっ、茜さんらしい。無敵だよな、彼女。
あー、ほんと俺そんな奥さんぃやだわ(笑)」
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「北人、お前なっ!」
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反対側に座る北人と鏡越しに目が合うと、「ふふっ」って笑ってる。いつやったかこんなやりとりしたな。
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積極的に…の成果は割と早くやってきた(笑)
ちょっと拍子抜けな位。
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妊娠がわかって、色々俺やって情報収集はしたし。 悪阻でしんどかったら、こうしたらいいみたいなんとか多少なりとも勉強したんやけど。
とりあえず、今のとこはどれも必要ない。
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「おかえりぃ」
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「ただいま。体調どんな?いける?」
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「えっ?ん?別に、普通。
ねっ、今日さ炊き込みご飯作ったの!初挑戦!絶対おいしい!」
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「分量計った?」
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「ん?あっ、一応。でも大匙が見当たらなくて、カレースプーンでね。大丈夫大丈夫」
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あー…ん。多分、大丈夫ではない。
大匙、昨日砂糖の袋に突っ込んだままやった気するけど。
…ほらやっぱり。冷蔵庫の中にそいつを発見。
ほんま相変わらずで、こういうとこ。
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「ん!おいしい!どう?」
「ん、旨い」
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大匙とカレースプーンは代用可な事が本日判明。
めっちゃ旨くて、3合の炊き込みご飯、2人で完食。
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「俺、洗い物するから、座っとき」
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「いいよ。大丈夫だから」
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「なぁ、茜さん? ほんまに悪阻しんどかったりとかない?無理したりしてない?」
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「んー、特に変わんないよ。元気!」
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半ば無理やりソファに座らせて、食器を洗いながら、彼女に向けた視線。
そこに座る茜さんが、おなかに左手で触れると、ふーってついた溜息。
なんかそれが、いつもと違う彼女な気がして。
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そっと座った彼女の隣。
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「どしたん?茜さん?」
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「何か、何もないと、逆に不安だね」 そう言うと、「ちょっと怖いな…」って無理やり笑った。
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不安とか、怖いって時にこうやって笑うの俺は知ってる。 そんなんお見通しや。
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そっと抱き寄せて握った彼女の左手。
結婚指輪にポタポタって涙が落ちてく。
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「悪阻もなくて、ご飯もおいしくて、毎日仕事も行けて。 贅沢なのはわかってる。
そんなのわかってるけどさ。 本当にこんなんで私、お母さんになるの?ってなっちゃう。なれるの?って思っちゃう」
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「ん…そっか」
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俺が言う何かで、彼女の不安は取り除いてはあげられん。
茜さんって、周りに何かを言われて『そうか』ってならん。 納得できる答えを、自分で見つけたい人やから。
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「茜さん、お散歩行く?」
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「ん?」
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「炊き込みご飯食べすぎたやろ?ちょっと歩いた方がよくない?」
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「だね」
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何も言ってあげれんけど、でも俺は隣をずっと歩いてくって決めたから。
立ち止まる時も、また歩き始める時もずっと隣をって。
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茜side
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「おめでとうございます」
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2人で行った産婦人科。
隣に座る壱馬くんが、今にも泣きそうで。
目をうるうるさせながら「よっしゃ」って子供みたいな笑顔で私の手をぎゅって握った。
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『妊娠したらこんな風に体調が変わります』
そんな話しを助産師さんから2人で説明を受けて、ちょっと心配しながらも、
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『こうやって、お母さんになる準備をしていくんですよ』
そう言われた事で
『そうなんだ。お母さんになるための準備だよね』って何があってもがんばろうって、思ってた。
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奈々ちゃんは悪阻で、全然動けなくて大変だったって言ってたし、学生時代の友達も「ずっと吐いてて、このまま死ぬのかと思った」って子もいた。
でも、私は特に体調の変化はなくて。
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「ラッキーだよ、それ」みんなそう言ってくれたけど、本当におなかに赤ちゃんがいるのか不安で…ちゃんと生きてるの?って何度もそう思った。
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『お母さんになる準備』
私はそれが出来てない気がして。
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いつも通り2人でごはんを食べて、壱馬くんが「洗い物するから」って言ってくれて。
その言葉に、一気にこみ上げてきた不安。
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ソファに座ってそっとさわったおなか。
そこに赤ちゃんがちゃんと生きてるかどうかなんて、判るわけなくて…。
『大丈夫なのかな…』 『元気かな…』
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『だめ…泣きそう』そう思った時、壱馬くんが隣に座った。
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「どしたん?」って壱馬くんのその言葉は、私が抑えてた気持ちの蓋をそっと開ける。
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何を言うわけじゃなくて、「ん、そっか」ってずっと私の手を握ってくれる。
私の取り扱いをほんとよくわかってる。
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「お散歩いく?」そう涙を拭ってくれて。
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ほんと120点だよ、壱馬くん。
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…next
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